社会課題解決型の新商業施設「宮城県名取市ロクファームアタラタの挑戦」【後編】

防災、そしてコミュニティ拠点として

 3つめのコンセプトは防災意識の啓発だ。「ライフラインが絶たれるような大きな災害が起こっても、3日持ちこたえられれば何とかなる」。東日本大震災で渡部さんが学んだことの1つだ。震災発生から3~4日もすると、ヘリで大量の物資が届くようになったが、それを待てずに失われた命もあった。アタラタには小麦やそば粉の備蓄があり、熱源にはパンを焼く石窯もある。有事の際、「あそこに行けば大丈夫」という一時的な避難所となれる場を具体的な形として地域住民に示すことで、防災への意識を忘れずに復興への力にしたいと願っている。

 そのためにも、日ごろからコミュニティスペース「6スタ」を地域に開放する予定だ。アタラタがイベントを仕掛けるのではなく、地域の方が企画する料理やヨガ、手芸教室などの会場として貸し出す。そうすることで、安心して地域住民が集える拠点となる。

 こうした思いを未来へつなぐことも大切だ。「6スタ」の窓から外を眺めると、灯台の形をしたオブジェが見える。これは、大震災を乗り越えた私たちが、子どもや孫に伝えたい言葉や決意を未来に託すためにつくられたタイムカプセルだ。地元の親子を招待し、「90年後の君へ」と題して将来世代に宛てた手紙をここに投函してもらった。カプセルは90年後の3月11日に開封する計画だ。

手間暇かける本物志向で

入り口ではスタッフが笑顔で迎えてくれる

入り口ではスタッフが笑顔で迎えてくれる

 こうしたコンセプトを具現化しつつ、アタラタがこだわっているのは、すべてにおいて本物志向である点だ。レストランで提供する料理の食材に冷凍品や加工品は使わず、信頼できる生産者と直接契約し、質の高い新鮮な素材を仕入れている。近隣の農園では、スタッフ自ら野菜の栽培も行う。

 例えば、そばレストラン「焔蔵」で使われるそばの実は、殻が付いたまま直送され、使う分だけを粉砕し、挽き、その日の天候に合わせて職人が打っていく。そうすることで、風味を損なうことなく、最高品質のそばを新鮮なうちに提供できる。

 ほかにも、ツマやニンジンの千切りひとつとっても、一般の店舗なら機械でスピード処理するところを、アタラタでは心を込めた手作業で行う。機械で切るのと手切りではツヤがまったく違うという。手切りでは多少不揃いになるが、だからこそ手間暇かけていることがお客さんにも伝わる。

 実はアタラタの目と鼻の先には、東北最大級の大型商業施設「イオンモール名取」がある。モール内には、ファストフードをはじめ、全国チェーン展開しているような飲食店が40店舗近くも入っている。客の奪い合いにはならないのだろうか?「規模が違い過ぎて、私たちはライバルにすらなれません」と渡部さんは笑う。「経済合理性を追求した大型ショッピングモールやチェーン店にはないような手づくりの温かさを求めている人は確実に増えています。そうしたお客さんに来てもらえれば」と期待する。

 手間を惜しまない事業展開を支えるのは、障害者を含めたスタッフの労働力だ。健常者が障害者の「世話をする」関係ではなく、それぞれができる役割を担っているという発想がアタラタにはある。渡部さんいわく、「障害者を雇用すると生産性が落ちると思われがちですが、実は逆。障害者の労働力も生かしながら手間暇をかけることで、本物志向のお客さんを呼び込むことができる。非常に合理的なモデルです」。

売上3億円のビジネスモデルをめざす

 アタラタの総事業費は初期のランニングコストを含めて6億6千万円。そのほとんどを仙台銀行の融資でまかなった。地元企業応援部の融資担当者も6人の中に入り込み、ともに話し合いながら事業計画を練った。「開業にこぎつけられたのは仙台銀行があってこそ。大義がぶれず、本気であることを伝えれば協力者が得られると実感した」と渡部さん。仙台銀行はこの案件で、東北財務局から地域密着型金融に関する取り組みを顕彰された。被災者と障害者の雇用創出を前提とした農業の6次産業化をめざす事業に、コンサルティング機能を発揮して支援に取り組んでいる点が評価されたという。

 ボランティアや行政の第三セクターではなく、民間事業として継続するには、高品質の商品とサービスが求められる。被災地だからと甘えることなく、障害者であろうと被災者であろうと依存から自立して、アタラタは「できる」ことを示すショールームとして繁盛し続けることにこだわる。

 近いうちにスタッフを100名まで増やして、年間売上げ目標は3億円、来店者数は年間15万人をめざすという。障害者雇用×六次産業化×防災の複合商業施設。被災地発の新たなビジネスモデルとして期待が集まる。

COLMUN:融資が必要になる前こそ銀行を味方にするチャンス

株式会社仙台銀行 地元企業応援部企画室 室長補佐 木村興一さん

 当行が融資を決めた理由の1つは、アタラタの6名それぞれがプロとして成功している方々だったことです。6次産業化を推進し、自社農園も持っているため原価率を抑えられそうなこともプラス要因でした。芸能人も支援を表明してくれており、客入りが期待できるのではないかと予想されました。なによりも、復興を契機に集まったみなさんが、持続可能な取り組みモデルにしたいという思いを伺って決断しました。県内には同様の事業がない中で、当行で応援するべきだ、ぜひ応援していきたいと判断したのです。

 当初いちばん懸念したのは、途中で6名がバラバラになってしまわないか、という点です。震災後、県外からもさまざまな支援の手が上がりましたが、支援の受け手が空中分解してしまうケースを少なからず見てきましたので。事業計画の協議の場に私も幾度となくご一緒しましたが、アタラタの6名はぶつかるべきところはきちんとぶつかりながらも、結局バラバラにはならなかった。ああ、この人たちは本気なのだな、と思いました。何の衝突もないと、本当に腹を割って話せているのか?とかえって心配になります。

 復興事業に限らずですが、たいていの方は事業計画を策定し、いざ資金が必要になってから金融機関を訪ねます。でも本当は、漠然としたコンセプトの段階からでも声をかけていただきたい。そうすれば、必要な額について協議するプロセスも共有でき、前向きに検討しやすいものです。ぜひ身近な金融機関を訪ねてみてください。

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文:小島和子

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