地域の力を育む教育とは何か?ーESD先進地、気仙沼の10年【後編】

ESDで「顔が見える」地域、社会につながることで、多くの命が守られた

35_img2

今年8月、広島市の大規模な土砂崩れが報じられた翌日から、国連大学(東京渋谷)では全国各地でESDを実践する学校、地域団体、企業などが集まり、事例報告、成果や課題を共有する会議「ESD実践モデル全国会議2014」が開かれた。その中の「防災教育・気候変動教育とESD」をテーマにしたワークショップに、ファシリテーターを務める及川幸彦氏と、事例発表する気仙沼市教育委員会の白幡勝美教育長の姿があった。

「実際に津波から避難する際には、走りながら逃げ道や行き先を考え、周りの人から情報を得て、時には周りの人を説得しながら逃げることが必要になる。多くのことが総合的に起こる現場で、どう考え、どう判断するか。さらに、災害を生き延びても、その後に亡くなる災害関連死が多かったことからも、“逃げればいい”という教育では足りない。主体的な考え方、問題解決する力を養い、行動に結びつくESDは、防災教育との親和性が高い」。白幡教育長は、市内の8割以上の産業、生活基盤が被害を受け、地域社会が“持続不可能”の危機にさらされた経験から、防災教育への思いを語った。

2011年3月11日、気仙沼市において学校管理下での児童生徒の死亡者はゼロだった。不可避の状況に見舞われた児童生徒がいたものの、ESDを通した学びが、児童生徒に「考え、判断して逃げる」という行動をとらせたと言える。また教員たちも臨機応変な判断、情報収集、行動で子供たちを救ったという。「学校が守りきれなかった子どもを救う、“地域のセーフティネット”もよく機能しました。ESD等の学校と地域が連携して取り組みを通じて、日頃から学校と地域の距離が近く、顔が見える関係を築けていたことで多くの命が守られたのです」。及川氏はそう分析する。

震災後、気仙沼市ではESDの理念と手法を活用して防災教育に取り組む学校がさらに増えている。南海トラフなどの脅威、予想を超える大雨、土砂災害などの発生から各地で学校や地域における防災教育の必要性が高まっている状況を踏まえて、階上中の今野校長は、「これまでいただいた多くの支援への恩返しとして、蓄積したさまざまな防災教育のノウハウはどんどん提供したい」と情報発信に積極的だ。

今後はESDの持続性を

国連で採択された「ESDの10年」は今年、最終年を迎える。一方、環境問題や不安定な世界情勢など、克服すべきグローバルイシューは深刻さを増しており、ESD教育が育む課題解決力は今後ますます求められる。持続可能な社会の構築をめざすESD自体の、持続的な発展が必要であり、そのためには「積極的な発信でESDの価値づけを行い、社会的なコンセンサスを得る」ための取り組みや仕組みづくりが今後の課題と及川氏は指摘する。文科省、環境省は、学校だけでなく、NPO、地域団体、企業など多様な主体がESDに取り組むことを推進し、モデル地区を選定している。こうした取り組みが広がることを期待したい。

人づくりは、地域づくりであり、社会づくりでもある。ローカルな体験をベースに、探求型、体験型、問題解決型の学びを通して「生きる力」を育て、持続可能な社会を作ろうというESDへの注目は、今後、一層高まりそうだ。

子供を取り囲む「4輪」をつむぐESD 失われた「体験と関係性を学ぶ場」を再構築する

宮城教育大学国際 理解教育研究センター 協力研究員/特定非営利法人SEEDS Asiaシニアアドバイザー 及川幸彦氏

宮城教育大学国際
理解教育研究センター
協力研究員/特定非営利法人SEEDS Asiaシニアアドバイザー
及川幸彦氏

高度経済成長期より以前、子どもたちは学校、家庭、地域、社会の「4輪」がバランスよく回る中で育てられてきた。しかし経済や社会の変化に伴って家庭での教育がどんどんしぼむと、その役割まで、学校が一手に引き受けることになってしまった。地域や社会においても同じことがいえる。

その結果、多感な時期に自然の中で群れて遊ぶなど、踏むべき経験をしていない、持つべき関わりを持っていない子どもたちが増えた。成長過程で本来必要なそれらが消えたのであれば、意図的、計画的に、生の体験をし、関係性を結ぶ学びの場を再構築しなければいけない。

学校、家庭、地域、社会をESDという教育理念で貫くと、4輪が“起動”し、もう一度つなぎ合わせることができる。リーダーシップは学校かもしれないし、NPOでも公民館でもいい。地域や自然の中に跳び出してローカルの体験を増やし、「本物」に触れて視野を広げる学びが、いま日本では必要だ。

震災の時、気仙沼の中学生たちは、どの学校でも復旧復興の戦力だった。途方にくれる大人たちを励ます姿には、レジリエンス、しなやかな強さがあった。それは階上中の卒業式の「天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きていく」という答辞に、強烈に現われている。

「ESD的なもの」は、既に全国のいろいろな団体、地域で取り組まれており、活動主体も子どもから大人まで幅広い。探求型、体験型、問題解決型の学びを経験することで、最終的に行動やライフスタイルに落ちることを目指すのがESD。持続可能な地域をめざし、より実践的な取り組みが今後広がるでしょう。

地の利、地域特性を生かした 「ESDのデパート」〜気仙沼市の各校の取り組み〜

35_img3

海、山、川がある自然豊かな気仙沼は、学びの素材にあふれている。それだけに、「ESDのデパート」と呼ばれるほど、多種多彩な取り組みが展開している。 唐桑半島で海辺から300メートルの場所にある唐桑小学校では、環境教育として地域の主要産業である牡蠣養殖をESDプログラムに取り上げている。 1〜3年は野菜栽培で収穫の喜びと、豊かな土に生きる生き物の世界を知る。4年生以降は磯遊びや水生生物の観察を通して、海の中の豊かな生物の世界、海と森の関わりを理解する。牡蠣養殖の活動は、4年生で種牡蠣のロープへの挟み込み、よりおいしく育てるための耳つり作業や温湯処理などを体験し、6年生は地域の「牡蠣まつり」で販売を手伝う。

同校の畠山友一主幹教諭は「唐桑は常に海と向き合う地域。『海っておもしろい!』と思える原体験を通して、不思議さや豊かさを感じながら、自然界のつながりを考えるモチベーションを高めたい」と話す。

他に、月立小学校は伝統文化教育として地域に伝わる「早稲谷鹿踊り」、階上小はスローフードなど、バリエーション豊富だ。11月に岡山市で開かれるESDユネスコ世界会議で、事例発表する全国20校の中で気仙沼市からは3校、面瀬小、唐桑小、階上中が取り組みを発表する。

→「中学生は“復興の戦力”だった」【前編へ】