アートの力〜芸術・文化は復興を後押しするか〜【中】

2.記録ではなく、記憶を伝える 宮城県南三陸町 「南三陸 福幸きりこ祭」

震災以降、各所でアーカイブ活動が行われている。がれき処理、物資の管理・分配、避難所運営・・・記録はたくさんの教訓を伝えてくれるが、地域が本当に伝えたいのは「記録」より「記憶」なのかもしれない。町の中心が大きな被害を受け、町外避難者の多い南三陸町では今年、「記憶の継承」に挑んでいる。

伝統のきりこが地域の情報発信ツールに

 三陸地方の神社では、正月の神棚飾りのため、縁起のいい模様を切り抜いた半紙「きりこ」を配布する風習がある。漁業がさかんな南三陸町では、大漁や漁の安全を願い、一年を通して「きりこ」を飾る家も多いという。

 「南三陸 福幸きりこ祭」は、商店の軒先に、店のモチーフを切り抜いたきりこを飾るプロジェクトだ。観光に力を入れていた南三陸町が2010年、地元商店の魅力を知ってもらうために始めた。店の生い立ちや店主の考えをまとめた「ストーリー」も合わせて展示し、観光客との会話のきっかけにしようとしていた。

 震災を経た今年、「さんさん商店街」をはじめとする仮設店舗で同じ活動がスタートしている。趣味で手製の耳かきを配っていたという床屋には「はさみと耳かき」、会社帰りの父親向けに2百円のケーキを販売していたケーキ屋には「ケーキとネクタイ」のきりこを製作。加えて、「海と桜並木が見える美しい公園のそばにあった」「南三陸町に商談に来る市場関係者に、料理を振る舞った」など、商店それぞれに流れるストーリーも合わせて掲示する。

町の文脈を次世代に伝える

震災前の南三陸町志津川地区。住民の生活を支えた商店一つひとつに「きりこ」が飾られた。 写真提供:ENVISI

 2010年の活動は、観光地・南三陸町を盛り上げ、発展させるために実施した。今回も町の未来をつくるための活動であることは変わりないが、主催であるENVISIの吉川由美さんは「町の文脈を次世代に伝える効果があるのでは」と語る。

 南三陸には「生まれも育ちも南三陸」の住民が多く、「町の文脈」は言語化せずとも伝わる環境にあった。しかし津波により「町が丸ごと流出した」いま、住民の多くは町外に避難する一方で、支援者などの町外訪問者が増えており、「新しい文脈」も生まれつつある。

 震災前の人口は、わずか1万7千人。小さいながらも世界的な知名度を得た町が個性を維持するには、脈々と受け継がれてきた地域の血を形にする作業が必要なのかもしれない。「南三陸 福幸きりこ祭」は8月25日から9月11日まで、さんさん商店街をはじめとする南三陸町一帯で開催される。

3.立ち止まる時間をつくる 岩手県大槌町「ひょっこりひょうたん塾」

復興関連事業の動きが加速している。高台移転も防潮堤建設も「待ったなし」。でも全力で走れば走るほど、失われるものもある。復興の文脈では「当たり前」に思われていた「スピード」というコンセプトに疑問符を投げかけ、あえて「ゆっくり進む」ことの価値を提唱するのが「ひょっこりひょうたん塾」である。

意思決定のプロセスを住民と共に

 岩手県大槌町では芸術文化によるまちづくり人材育成事業「ひょっこりひょうたん塾」を運営し、地域の復興を担う人材を育成している。大槌湾に浮かぶ小さな無人島・蓬莱島をモデルにしたと言われる「ひょっこりひょうたん島」から名をとった。

 この活動は、「芸術文化まちづくりゼミ」と名付けられたセミナーと、アーティスト・きむらとしろうじんじん氏が行う野点(のだて)と呼ばれる「移動式陶芸お抹茶カフェ」の実施準備をするフィールドワークで構成される。野点とは移動式カフェを利用した「屋外のお茶会」のようなもので、付帯された陶芸窯で茶碗を焼いたり、その茶碗でお茶を飲むなどの場を指す。東北でいう「お茶っこ」のようなものだが、実施場所や関わる人によって全く異なる場と時間を醸し出すことなどから、主催団体のひとつである東京都歴史文化財団はこれを文化事業と位置づけている。

 しかし、「お茶っこ」がなぜ人材育成につながるのか。実施するためには実施日や場所の検討、ロケハンや導線確認などの準備が必要だが、これらを主催者ではなく住民主体で行うことで、OJTスタイルの人材育成を図っているのだという。

フィールドワークの様子。町を歩きながら、野点の実施場所を検討している。

 例えば、野点の実施場所について、主催者側の議論では津波を想起させない場所も検討していたが、海と生きてきた大槌町の住民らは、時間をかけて議論した結果、海が見える場所も候補地に挙げたという。「高台移転先はどこがいいか?」と聞かれると口ごもる住民も、「どこでお茶を飲みたいか」という問いには答えられる。性別、立場、スキル、経験問わず、誰もが活動の当事者になれる点に、文化事業を介在させる意味があるのかもしれない。

「お茶っこ」実施に1年準備時間にも価値がある

 とはいえ、少し時間をかけすぎでは、と感じる節もある。構想が持ち上がったのは昨年夏だが、現地調査を経て活動内容を決めたのは今年4月。場所の選定、自治体の交渉などを開始したのは6月で、野点の実施は9月末なので、「お茶っこ」の実施に1年かけた計算になる。

 なぜ、ここまで時間をかけるのか。実は東北には、神楽や舞などの文化が根付いており、文化と共に豊かな時間を送る土壌がある。東京都歴史文化財団の森司さんは「地域に持ち込まれたイベントではなく、準備段階からじっくりと関わってもらい、本番までの時間も楽しんでもらえたら」と考えているという。

 時間は、誰にも平等に流れていく。でもアートや文化が介在することで、その時間は豊かなものに変わるのかもしれない。

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