【Beyond 2020(37)】グーグルと震災7年。テクノロジーの先にあること

グーグル合同会社 Google Earth Outreach プログラムマネージャー 松岡朝美

1981年、熊本県生まれ。東京大学卒業。グーグル入社後はストリートビューの撮影などを担当し、2012年秋から東日本大震災の復興支援チームに参画。以降、マッチングプラットフォーム「イノベーション東北」や、自治体や企業、NPOなどの災害復旧・復興支援の知見を集積したWEBサイト「未来への学び」をはじめとする各種プロジェクトを統括。現在は、NPOや教育関係者、研究者などを対象にGoogleのマッピングツールを紹介する「Google Earth Outreach」にも従事している。

”あれから”変わったこと・変わらなかったことー

2400の新しい出会いが生まれた

「一緒に東北でやらないか」。2012年秋、上司から突然かかってきた電話。当時、私はストリートビューの撮影で西日本エリアを担当していた。私で大丈夫だろうか。正直、戸惑いもあったが、少しでも役に立てることがあれば。そんな思いで、復興支援のチームに加わった。月の半分を東北の現場で過ごす激動の日々は、そうして始まった。

被災地からグーグルが求められていることは何だろうか。右も左もわからない中で、ひたすら現地の人と会って話を聞かせてもらった。見えてきたのは、事業再生の難しさだった。震災で大きな打撃を受けた水産業をはじめとする地元事業者にとって、自力で事業を立て直すことは至難の業だった。一方で、被災地の外には手助けしたくても直接関われない人たちがいる。両者をマッチングさせるプラットフォームをつくれないだろうか。そうして生まれたのが、「イノベーション東北」だ。

「イノベーション東北」で生まれたプロジェクトは480超、マッチングは約2400件に達した。

気仙沼市の寿司屋は、サポーターとともに店舗再建時のロゴデザインなどを作成した。

ここで生まれたマッチングは数え切れない。例えば、津波で店を流されてしまった宮城県気仙沼市の寿司屋。再建する店のロゴマークとホームページを、イノベーション東北を通して東京在住のデザイナーが制作した例などがある。サービスを開始したのは2013年5月。途中からこの仕組みを全国にも広げた。プロジェクト募集を終了した2017年6月までに生まれたプロジェクトは480を超え、それに対するマッチングは約2400件に上った。

インターネットの先に”人”がいる

イノベーション東北のマッチングで生まれたものは、単なる一方通行の「手助け」ではない。

「愛する町を元気にしたい」「自慢の商品を多くの人に知ってほしい」。そうした情熱やビジョンに、サポートする人たちも感化され、両者が思いを共有し二人三脚でプロジェクトを実現させる。住んでいる場所も仕事の分野も全く異なり、本来なら出会うはずのなかったであろう人たちが交差し、誰も想像していなかったような”今日とは違う明日”を一緒に描く。震災後の東北には、そういう課題解決の新しい光景があちらこちらで広がった。

プロジェクトを立ち上げた現地の事業者とそれをサポートする人たちは、ビデオ会議などで頻繁に情報交換した。

同時に私自身、インターネットをはじめとするテクノロジーが果たす役割を再確認することができた。例えばイノベーション東北では、東北在住の事業者と東京のサポーターが、ビデオ会議システムで、距離を越えて普通にフェイス・トゥ・フェイスで話しながらプロジェクトを進めていた。。そんな光景を見る度に”インターネットの先に人がいる”ことを改めて強く実感した。使い方次第で、テクノロジーは思いをつなぎ、課題解決策の幅を大きく広げることができる。

ーBeyond2020 私は未来をこう描くー

そこで生きる人が選択する未来

震災から7年が過ぎた。これから東北は、どう歩んでいくのだろうか。時間が経てば経つほど、「東北」と一括りにしづらくなっていくだろう。県や市町村単位で置かれた状況や課題は異なるし、市町村の中でも居住エリアによって事情が違う場所もあるはずだ。

10年後、どんな町にしたいか。子どもたちに、どんな選択肢を残しておきたいか。その地域の将来やビジョンを描くとき、最も大事なのはそこに住む人たちの気持ちだと思う。

私はあくまで外部の人間。軽い気持ちで口を挟めるようなことではないと思っている。決して楽な道のりではないかもしれないけど、想像を絶するような状況から立て直そうと奮闘する人たちを、私はこの目でたくさん見てきた。そこで生きる人たちの思いと選択を尊重したうえで、私たちにできることがあれば、これからも最大限サポートし続けたい。

テクノロジーができること

「この課題を解決したい」。イノベーション東北で出会ったリーダーたちをはじめとする人々の挑戦への情熱。そして、そこから社会や地域を変えるようなプロジェクトが生まれる機運は、これからますます高まっていくと思う。

私がイノベーション東北を通じて出会った例を挙げるなら、宮城県女川町で震災後のまちづくりに関わっているNPO法人アスヘノキボウ。代表の小松洋介さんは、若者の新たなキャリアプログラム「Venture for Japan」を立ち上げた。これは、新卒の学生が地方のベンチャー企業やNPOなどで一定期間就業し、経験を積むことができるプログラムで、新卒一括採用に風穴を開けるような試みだと思う。

地方起業を後押しする「Next Commons Lab」もそうだろう。地域おこし協力隊の制度を使って、ベーシックインカムを確保しながら地方で起業家を育てようというものだ。東北では遠野市(岩手県)、南三陸町(宮城県)、南相馬市(福島県)に拠点があるが、このコミュニティは全国各地にネットワークが広がっている。

テクノロジーは、そういう動きやこれから生まれる新たな挑戦を下支えし、大きなうねりにして行く役割を担えると思う。

現在担当している「Google Earth Outreach」でも、テクノロジーが同様の役割を担っていることを実感している。これは、Googleの地図関連サービスをNPOや教育関係者、研究者などに提供し、それぞれの分野の課題解決に役立ててもらうプログラムだ。例えば、世界の漁業活動を可視化する「Global Fishing Watch」。これは、2つの環境保護団体が運営するプラットフォームで、世界中の漁船の位置情報を解析し、地図上に操業の様子を表示する。海洋資源の保護と持続可能な漁獲活動を実現するためのもので、実際に違法な漁獲活動の摘発につながっているようだ。

フリーランスの増加や副業の解禁をはじめ、働き方も多様化している。組織の枠を越えて個人がチャレンジしたり、社会的活動に参加しやすい状況が生まれているように思う。そういう流れの中で、活用できるテクノロジーが増えれば、可能性はもっと広がるのではないか。そのためにグーグルに何ができるのか。これからも考え続けていく。

”生かされていること”を忘れない

東北での活動、様々な方々との出会いを通じて感じたこと、学んだことは、何物にも代えがたい私自身の考え方の礎になっている。数え切れないくらい、何度も大事な話を聞かせてもらった。大切な人を目の前で亡くしたときのこと、それでもなんとか日々を生きようとする姿…。”生かされているんだ””今を丁寧に生きよう”。私の中で、そうした思いが心の奥底から湧き上がる、質量のあるものに変わった。家族や同僚と、明日会える保証はない。その瞬間を全力で生きる。簡単なことではないけれど、私はいつまでも、その誓いを忘れない。

思いをもつ人がつながり、想像もつかないようなことが起こる。その輪の中にいられることが、私にとって何より幸せだ。「共感」、つまり思いを共有し、その先の未来がどうなるのかを想像して一緒にワクワクする。東北のみなさんを含め、色々な方々といつまでも、そんな風に時間をともにできたら嬉しい。