【Beyond 2020(22)】被災地から切り拓く「介護×障害者就労」の共生型モデル

愛さんさん宅食/ビレッジ株式会社 代表取締役 小尾勝吉

神奈川県川崎市出身。大学卒業後、東京のベンチャー企業に就職、千葉・茨城・埼玉県で失業者向け職業訓練校を6校運営する組織の立ち上げに従事。東日本大震災後はボランティアで現地へ。2012年4月からETIC.の右腕プログラムで一般社団法人MAKOTOに所属し、被災地域の経営者や起業支援に携わる。その中で、人口減少や少子高齢化など社会課題の深刻さを痛感。会社を辞めて宮城県塩釜市に移住し、2013年に要介護高齢者向け配食サービス「愛さんさん宅食」を創業。2017年2月には、石巻市で有料老人ホームと訪問介護事業を展開する「愛さんさんビレッジ」を開業。同時に、「福祉人財養成学院 石巻教室」を開設し、障害や難病を抱える人を対象に介護職員研修を実施。高齢者・要介護者のケアと障害者の就労支援ビジネスに取り組んでいる。

ー”あれから”変わったこと・変わらなかったことー

「他人軸」から抜け出し「自分軸」を探す勇気をもった

社会の「振り子」が戻り始めた。震災後の変化を一言で言うならこういうことだろうか。これまでの価値観が大きく揺さぶられ、生きる意味を見つめ直す種火のようなものが、個々の心の中で燃え出した。それは、行き過ぎた資本主義に対する「本当にこのままでいいのか?」という警告と揺り戻しだったのではないか。

人は誰しも「幸せになりたい」という気持ちを常にもっている。けれど、どうすればいいのかわからず日常に追われ、気がつけば他人との比較によって「自分はダメだ」などと否定的になりがちだ。ただ、震災を目の当たりにした多くの人が、そうした「他人軸」から抜け出し、「自分はどうしたいのか」「幸せとは何だろうか」と心の中にある「自分軸」を探す勇気をもつようになった。

被災地では多くの人が口々に「亡くなった人の志を背負って生きるんだ」と言った。改めて自分のルーツや過去を紐解き、「人の役に立ちたい」「地域のために働きたい」と社会のために立ち上がる。そんな個人の存在が、東北から全国へ発信された。

経営とは人を幸せに導くための営み

私自身も、そうやって生きる価値を自らの心に問うた1人だった。以前から経営者になることを目指していた私だが、時代の波に揉まれその原点を見失いがちになることもあった。しかし、震災後のボランティアや起業支援などを通じて、企業や経営の考え方に対する濁りが一切消えたのだ。経営とは人を幸せに導くための営みであり、企業は社会課題を解決することが役割である。そのことを再認識することになった。

そこで私が選んだ舞台は、特に問題が根深い介護の世界だった。震災後の東北は、人口流出などによって高齢化率が他地域よりも10年以上早く進んだ課題先進地と言われている。被災3県の要介護認定者は震災前に比べ12%へと増加(全国平均は5%)。一方で、介護職の有効求人倍率は約1.7倍と、震災前の1.0倍と比較しても介護従事者不足が広がっている。介護のあり方は、震災後に加速した待ったなしの社会問題なのだ。

また、障害福祉も全国的に深刻な課題だ。障害をもつ人は、特別支援学校を卒業しても3割程度しか一般企業に就職できない。それ以外の人は国の障害福祉サービスを利用して仕事をしているが、平均月収は28,000円ほどにとどまり(厚生労働省調べ)、しかもそこから一般企業に入社するのはわずか約4%だ。こうした状況を打破しようというのが、私のビジネスモデルだ。

「障害福祉」と「高齢福祉」を1つ屋根の下に

第1弾プロジェクトとして2013年に始めた要介護高齢者向け配食サービス「愛さんさん宅食」では、社会的弱者と言われる障害者やシングルマザーを積極的に採用し、塩釜・石巻両市周辺の高齢者に低カロリーの弁当などを届けている。スタッフ約50人のうち、障害者とシングルマザーは7割ほどを占める。「食」を通じて高齢者の、「職」を通じて社会的弱者の自立支援を後押ししようというわけだ。

塩釜市の宅配センター。新年のお節の弁当がずらりと並ぶ。

さらに、2017年2月には石巻市で有料老人ホームと訪問介護事業を行う「愛さんさんビレッジ」を開設し、同時に施設内に障害者や難病の人向けに介護職員の資格を取得できる福祉人財養成学院 石巻教室もつくった。障害者の雇用支援と介護現場の人手不足解消。つまり「障害福祉」と「高齢福祉」を1つ屋根の下につくる前例のない試みだ。「きつい・汚い・危険」の3Kと呼ばれる介護職の概念を覆すとともに、新しい障害者就労の仕組みをつくることを目指している。

ーBeyond2020 私は未来をこう描くー

誰もが環境に左右されず、努力で道を切り拓ける社会へ

誰もが生まれ育った環境によって夢や目標を制限されることなく、努力によって物心共に豊かな人生を切り拓ける社会。それが、私が思い描く理想の社会だ。

先天的に障害をもって生まれてきても、後天的に障害をもつことになっても、あるいは母子家庭に生まれたとしても、誰もが公平に未来を描けるように。障害や経済的な理由で夢をあきらめたり、人生を左右されることがないように。私たちは「あなたもできるんだよ」と背中を押し、成功体験やチャンスを積める場所を提供したいと思っている。年間20,000人超が自殺するこの国で、「それは本人の課題だ」と自己責任論で片付けることはできない。

有料老人ホーム「愛さんさんビレッジ」。自立支援を重視した独自の介護メソッドを導入している。

創業から5年近く経った現在、約45人の障害者が宅食サービスや老人ホームで働いている。また、介護人材の育成プログラムを通じて2人が介護職員初任者研修を取得した。2020年までに計100人の社会的弱者の就労を実現する。これが、私たちが思い描くビジョンだ。

軽度の知的・精神障害をもつスタッフが数多く働いている。

こうした社会課題解決型のビジネスモデルが、資本主義やマネーゲームの世界に少しでも影響力を及ぼせるように。金融至上主義を前提とした制度設計や、高齢福祉と障害福祉に関する法制度など、既存の価値観やルールを考えると10年、20年かかるかもしれないが、愚直にそこを追い求めていく。

自分との対話こそ、予測不能な未来を照らす

これから先、人口減少と少子高齢化が加速し、AI(人工知能)などの技術革新も進む。ますます予測しづらい世の中だからこそ、未来は自らの手でつくっていく必要がある。

周りの出来事が、自分を憂鬱にさせるわけではない。周囲の価値観に左右されることなく、まずは自分自身の心の中で「幸せの定義」や「人生の軸」をしっかり確立しよう。「私はどうなりたいのか」と問い続けることをやめず、そこから湧き出る声に耳を澄まし、しっかりと受け止めよう。

介護技術を習得してもらうための研修にも余念がない。

日々慌ただしく過ごしていると、どうしてもそうした感性が凝り固まってきてしまう。人間は意志の弱い生き物だ。でも、私たちが日々考えていることはたった5%しか顕在化しておらず、95%は潜在的に眠っているのだと思う。頭で考えて「よし」と思うことは本能的な願望ではなく、心に問いかけ湧き起こってきたものこそ、あなたにとって本当に大切な思いなのだろう。自分との対話こそ、重要なのだ。

原点は4年に渡った母親の闘病生活

私の人生の原点は、母親の死にある。ガンを患った母は、十分なケアを受けられずに亡くなった。看病した4年間で残ったのは、後悔だった。高齢者や病人が安心して生活でき、眠るように亡くなっていく環境をつくりたい。その思いが、私の生きる軸になっている。

起業家として私は将来、松下幸之助や稲盛和夫、渋沢栄一のように、死んでもなおその生き方や経営哲学が後世に語り継がれる。そういう生き方を残していきたい。同時に、大切にしたいものがある。それは、やはり自分の心の中から湧き上がってくる感情に素直に生きていくことだ。「心の欲する所に従えども矩(のり)を踰(こ)えず」。これは中国の思想家・孔子の言葉で、「自分の思うがままに行っても、正道から外れない」という意味合いだが、その領域の到達できるように自己研鑽を積み上げていきたい。

社会の問題に立ち向かう。自分の生き様を後世に残す。娘が生まれてから、そのことに対する実感が一層湧いてきている。私がこの世を去った後、娘がよりよい社会で生きられるように、自分の存在や役割に価値を感じ未来に希望を見出せるように。そうやって後世に、命と希望のバトンをつないでいきたい。