【Beyond 2020(1)】震災世代にイニシアチブを渡そう

一般社団法人RCF 代表理事 藤沢烈

1975年京都府生まれ。一橋大学卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て独立し、NPO・社会事業等に特化したコンサルティング会社を経営。東日本大震災後、RCF復興支援チーム(現・一般社団法人RCF)を設立し、情報分析や事業創造に取り組む傍ら、復興庁政策調査官、文部科学省教育復興支援員も歴任。現在、総務省「地域力創造アドバイザー」も兼務。著書に『社会のために働く 未来の仕事のリーダーが生まれる現場』(講談社)、共著に『東日本大震災 復興が日本を変える-行政・企業・NPOの未来のかたち』(ぎょうせい)、『ニッポンのジレンマ ぼくらの日本改造論』(朝日新聞出版)、『「統治」を創造する新しい公共/オープンガバメント/リーク社会』(春秋社)

ー”あれから” 変わったこと・変わらなかったことー

社会にコミットする意識が高まった

震災後の変化を一言で表せば、個人そして企業や組織が、社会へのコミットメントを果たすようになったことだ。あの日を境に、それぞれのレイヤーで「自分たちもやらなきゃ」と社会に関わろうという「意志」を強く持つようになった。それが東北に限らず、いろんな地域に広がっている。

従来「社会への責任=雇用創出」の意識が強かった企業は、多くの経営トップが被災直後のあの状況を見て、「経済活動だけやっていてはダメだ」という鬼気迫る感覚になった。被災地支援を行った多くの企業に「儲け」だけでなく、「地域社会に貢献できているか」という意識が芽生え、「事業を通じた社会貢献」を経営の大きな軸に加える企業が明らかに増えた。経済的なリターンだけでなく、社会的なリターンもKPIの明確な要素に取り入れる考え方は「ダブル・ボトムライン」と言われ、世界的なトレンドになっている。今回の震災で100社ほどの大手企業がそういうマインドになり、経済界の風向きが大きく変わった。日本もこれから、この波にもっと乗れると思う。

また、個人でいえば評論家・批評家タイプが減り、「(外から)『言うだけ』は意味がないよね」と社会や地域の一員としての当事者意識をもち、行動する人が増えている。被災地へのボランティアへ行く、2枚目の名刺を持ってNPOのプロボノになる、企業の中で復興プロジェクトを立案・推進するなど、社会的な行動をする個人が明らかに増えた。

RCFとしても、UBSグループとの釜石市でのコミュニティ支援(上)、自治体に民間人材を送り込む「日本財団『WORK FOR 東北』」(下)などを推進してきた(提供:RCF)

行政も、そうした企業やNPOとは対立関係ではなく、パートナーとして対等に付き合うように意識が変わってきている。実は震災直後、私たちはコミュニティ支援の必要性を岩手県に訴えたものの「それは行政の仕事ではないので、来ないでください」と突っぱねられたこともあった。今や行政は企業やNPOと連携しながら産業・コミュニティ支援などに取り組むようになった。この変化には隔世の感を覚える。

6年経ち、被災自治体間の復興のスピードには大きな差が生まれてきている。順調に進んでいる地域の行政に共通するのは、このように企業や人に対して外に開いて、連携していることが挙げられる。

まだ課題は少なくないが、こうして官民が連携しながら仕事をする「風土」が生まれたことは、今までは考えられなかった明確な変化だろう。同時に、それらをつなぎ、伴走する私たち「コーディネーター」の役割にも強い手応えを感じている。

テーマ・焦点を絞って、次の一手を

ただ、そうした風土ができた割りには、地域に対する実際の成果・貢献はまだ乏しく、ギャップが大きい。どこに注力すれば、テコの原理で地域ががらっと変わるのか。今はそのテーマや焦点を絞って、考えて動くべき時期ではないか。

昨年12月、釜石市民を対象に民泊の説明会を開催(提供:RCF)

例えば、「観光」がそうだ。インバウンドが盛り上がっており、市場拡大の転換点にあるから参入しやすい。RCFは民泊仲介大手のAirbnbと連携協定を締結、釜石市を筆頭に「観光による地域活性化」に力を入れている。

若手リーダー中心にブランド化を進めるフィッシャーマンズ・リーグ(提供:RCF)

一方で、水産業は今、壁にぶつかっているように見える。これまで「復興応援 キリン絆プロジェクト」や「フィッシャーマンズ・リーグ」などを通じて若いリーダーをサポートし、販路拡大やブランド化を進めてきた。各地域で将来を担う「役者」は見つけることができた。さらにこれから事業を10倍、20倍に伸ばすためには、「こっちに行こうぜ」と旗を振り、次の「脚本」をつくる戦略的なリーダーが必要な段階にきている。組織的に事業規模を大きくするために、一枚岩になる必要があるのではないか。

ーBeyond2020 私は未来をこう描くー

東北をカラフルに、若いリーダーを呼び込む

東北の今後を考えたとき、1つは「カラフルな地域にしたい」という思いがある。東北と一口にいっても、地域によって特色が全く異なるが、外からその違いは見えづらい。女川町はピンク、石巻市はブルーといったように、それぞれの地域に固有の「色」をつけ、多様性を浮かび上がらせたい。

そのためにも、若いリーダーがもっと必要だ。これは東北に限らず、全国の地域に共通する課題でもある。
ここで思い出すのは、Facebookのマーク・ザッカーバーグの言葉だ。彼自身を含めたミレニアル世代が描くキャリアについて「自分の人生の目標を見つけるだけでは不十分だ」「誰もが目的感を人生の中で持てる世界を創り出すこと」などとスピーチし、自分だけでなく、世界をどう変えようとしているかを語っている(※スピーチの動画はこちら

ミレニアル世代とは2000年(ミレニアル)以降に成人を迎える世代のことで、多様な価値観を受け入れ、仲間とのつながりを大事にし、社会問題に関心が強いと言われている。日本では、阪神大震災や東日本大震災を若い時期に経験した「震災世代」にあたる。新しい価値観をもったこの世代が、社会や地域の中でイニシアチブをとれるようにバトンタッチしていく必要がある。首長が若返るだけではダメで、議会や地域団体の主力メンバーを含めてだ。例えば、議員は国会が平均年齢が一番若く、都道府県、市町村と行政規模が小さくなるほど高くなる傾向にある。平均年齢が10〜20歳ほど下がり、30〜40代が一定の権限を握れるようになれば、地域の姿は大きく変わるだろう。

原発を抱える福島県、特に12市町村は、岩手・宮城県以上に、こういう若くて新しいリーダーの存在が鍵を握る。震災を経験した世代のリーダーは生まれているが、これからはさらに新しい方法や感覚で事業を起こせる人が必要だ。震災を経験していない若い世代や外部から新たなリーダーが数多く立ち上がってほしい。

RCFは経済産業省とTATAKIAGE Japanと協働で、12市町村で新規事業や・起業を促進するための「フロンティアベンチャーコミュニティ(FVC)」を立ち上げた。3月に行われたFVC南相馬ツアーの様子(提供:RCF)

たとえば中国は今、100万人都市を半ば人工的につくっている。どれも先進的なデザインの新しい街並みだ。日本でそういうことに挑戦できる「最後の場所」が、「福島」というフィールドではないだろうか。「地方」というやや後ろ向きな認識ではなく、福島から「これからの日本の新しい都市モデル」を発信してほしい。

日本一、人の「流動性」が起きる場所

東京五輪・パラリンピックや国の復興・創生期間が終わる2020年、さらにその先に向けて、東北を日本で一番「流動性」が起き、人が集まりまくる場所にしたい。震災直後、東北は人材の流動性が高い状態にあった。ただ、持続可能な状態とはいえず、2年目以降は行動する人が減ってしまった。
私たちは「(東北には)10年、20年と長く関わり続けるだけの魅力がある」と確信している。数多くのリーダーが生まれ、彼/彼女らが将来、間違いなく日本や世界を引っ張っていく存在になる。2〜3年で離れてしまうのは勿体なくて、もっと多くの人にこのワクワク感を味わってもらいたいし、気軽に関わり続けられる環境をつくりたい。

そういう意味では今、新しいライフスタイルやワークスタイルに注目している。時代を先取りした「21世紀の行商人」が集まる空間を、東北で実現させることができるのではないか。これからますます「生き方」の選択肢が増えていく。その1つとして、「東北と関わり続ける」という生き方・働き方をもっと身近にし、「それも楽しいよね」と思える感覚をもっと当たり前にできるはずだ。

テクノロジーも進化している。これらを追い風にしながら、東北を「日本で最も人材の流動性が起きる場所」にしたい。例えば、ホームシェアリングで東京と東北の複数拠点に居住しながら、業務の1割を東北で稼ぐとか。そういう「21世紀の行商人」のような人が溢れる地域だ。今、東京で仕事をしながら何らかのかたちで東北に関わっている人は体感値で400〜500人ほどのイメージだが、これを10倍にして、新しいライフスタイル・ワークスタイル、つまり「これからの生き方」を体現できる先進的なフィールドにしたい。東北の景色はむしろこれから、本格的に姿を変えていくだろう。