5年は節目ではない~経済学と法律学の融合による被災地相談データの分析

[弁護士が見た復興]

震災直後の被災者支援、復興計画における政策決定、事業者や生活者の再建支援など、復興の現場では様々な場面で弁護士が関わっています。現地での支援や後方支援に当たった法律の専門家から見た復興と法律に関するコラムを、現役弁護士がリレー形式で書き下ろします。今回の執筆者は、2011年に日本弁護士連合会災害対策本部室長として東日本大震災後の支援を行い、「災害復興法学」の創設者でもある岡本正弁護士です。

IMG_2933「弁護士が見た復興」の連載開始から1年以上が経過しました。震災5年が経過した今、私たちは未来に何を教訓として残せるのでしょうか。

2016年3月5日に、立教大学で開かれたシンポジウム「地域復興の法と経済学:被災地における法律支援の実態から」では、この連載の執筆陣のひとりである小口幸人弁護士をはじめ、東日本大震災の被災地で活動を続ける弁護士らが、巨大災害後の弁護士の役割を語りました。ここではその一部を紹介したいと思います。

経済学者・社会学者・法律実務家による共同研究

東日本大震災後、弁護士は被災地で大量の無料法律相談を実施しました。日弁連が集めた相談事例は、1年数か月の間で、4万件以上になります。これをデータベース化し、被災地のリーガルニーズをだれにでもわかりやすい形で視覚化しました。データやグラフは、復興や生活再建に繋がる数多くの立法提言・法律改正に役立てられました(『震災直後、弁護士がしたこと その3<震災相談4万件のデータベース化>』参照)。

4万件のデータベースは、弁護士が立法活動に利用して役割を終えたのではありません。将来の首都直下地震や南海トラフ地震におけるリーガルニーズの予測や、そのために備えるべき政策のヒントが詰まっています。立教大学の「地域復興と法の経済学」プロジェクトは、経済学、社会学、統計学の手法を駆使しつつ、4万件のデータベースを、様々な統計データと組み合わせて分析し、被災地域や時間経過によるリーガルニーズの変化の原因を探ることで、危機管理や防災に活かそうという研究です。立教大学経済学部の田島夏与先生、同一ノ瀬大輔先生、徳島大学の小山治先生ら、経済学、社会学、統計学のエキスパートと共同で進めています。

小山先生は語ります。「実証科学である経済学や社会学は、『どうなっているか』『なぜそうなっているのか』という問いを明らかにします。一方、規範科学である法学は、『どうあるべきか』を示すことを目指しています。被災地の4万件のリーガルニーズから何が明らかになるかを解明すれば、今後の巨大災害に立ち向かうために法制度がどうあるべきかを提言することができるはずです。経済学、社会学、統計学、法学の融合の価値はここにあると思います」。

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「不動産賃貸借(借家)の地域固定効果(Y軸)と借家世帯率(X軸)(平成20年住宅土地統計調査)」田島夏与立教大学准教授にて作成(シンポジウム資料より抜粋)。プロットされた点は相談者の被災当時の住所地(市町村単位)であり、Y軸が法律相談のボリューム(割合)である。

3名の弁護士が語る東日本大震災

●『災害関連死』の事例分析の提言|小口幸人弁護士より

岩手県宮古市で最初に法律相談をはじめた小口弁護士。災害直後の活動は「震災直後、弁護士がしたこと その1<避難所での相談活動>http://www.rise-tohoku.jp/?p=9361」にて自らが詳しく語っています。その小口弁護士が指摘する現在進行形で残された課題とは何でしょうか。これは、「災害関連死」の課題にほかなりません。災害関連死を巡る課題は大変多く、ご遺族の方にとって一番重要になってくるのは、災害と死亡との因果関係の問題です。この点は「災害関連死の認定の重要性~3月13日の盛岡地裁判決を受けて~」に詳しく記述されています。

今回、小口弁護士が強調したのは、自治体の「災害弔慰金等支給審査会」の記録の徹底的な分析です。審査会は、医師や弁護士らで構成され、「災害と死亡との間に相当因果関係があるか」を審査します。その際に、ご遺族からの事情聴取をはじめ、生前の生活状況や既往症に関する記録、亡くなるまでの状況など重要な記録が集められます。これらを匿名化して分析すれば、「どうすれば命を救えたのか」「何が健康悪化に繋がったか」という点に相当迫れるはずです。たとえば、「移動回数が多くなるほど体調が悪化している」「避難所には介護ベッドを用意すればよかった」「避難所では停電しない工夫が必要」「緊急車両などに対する燃料備蓄を」など、さまざまヒントがあるはずなのです。

この災害関連死の分析の必要性と価値については、改めてこの「弁護士が見た復興」の連載でも語られることになるでしょう。

●『震災ADR』の提言|宇都彰浩弁護士より

仙台市で法律事務所を経営し、日弁連の災害復興支援委員会でも中心的役割を務める宇都弁護士。東日本大震災後には、有志弁護士らと無料法律相談をはじめ、その後には、仙台弁護士会をあげて被災者の電話相談や面談相談を遂行しました。岩手県同様、沿岸部は津波被害によるリーガルニーズが頻出していましたが、一方、「借家の当事者間の紛争」「近隣同士のがれきや瓦屋根による損害に関する紛争」など、都市における地震被害特有の相談が多かったことも特徴です。

これらをすべて「裁判」で解決することは不可能です。費用と時間がかかりすぎてしまいます。裁判の決着を待っていれば、被災者の生活の再建などありえません。そこで、仙台弁護士会は自ら「震災ADR」の運営を決意しました。被災者の紛争については、基本的に無料で仲介を行うことにしたのです。この制度は大変効果を発揮し、多くの事例を裁判に至る前に解決しています。

東京では、より多くのオフィス・住戸の賃貸借契約があり、より多くの住宅が密集し、より多くのマンションがあります。「震災ADR」と同様の仕組みは不可欠でしょう。ところが、これには、弁護士の莫大なマンパワーと専門家への適切な報酬(弁護士だけではなく鑑定士などへも)が必要になります。また、巨大災害後に実施場所を確保できるかも課題です。相談データから、都市部で大量の紛争が発生することは、確実に予測できます。今の内から考えておくべき課題であるといえます。

●『原子力損害賠償』の課題と紛争の広がりの経緯|頼金大輔弁護士より
震災当時、法テラス福島法律事務所に所属し被災者支援に奔走していた頼金弁護士からは、「原子力発電所等」に関するリーガルニーズの時間経過による変化について、示唆に富む指摘をいただきました。

「相談項目別の時点固定効果」田島夏与立教大学准教授にて作成(シンポジウム資料より抜粋)。

「相談項目別の時点固定効果」田島夏与立教大学准教授にて作成(シンポジウム資料より抜粋)。

原子力発電所事故の相談は多種多様です。賃貸借、住宅ローン、相続など、様々な課題が浮き彫りになり、その背景に原子力発電所事故の問題があります。そして、この原子力発電所事故の相談のボリュームは、他の相談類型が収束する中で、極端に割合が高くなる傾向が見られました。とくに原子力発電所事故に関する相談は、その大部分が「原子力損害賠償」に関する内容です。割合の増加は、損害賠償関係の相談の割合の増加を意味します。

例えば、原子力損害賠償に関しては、2011年のうちに、「第一次指針」「第二次指針」「中間指針」「中間指針(追補)」などの賠償指針が政府から出ました。このニュースが相談ニーズを喚起していることが、時系列からも明らかにわかります。同時に、リーガル・サポート体制の充実によるアクセス容易性も影響しているというのが頼金弁護士の指摘です。また、損害の広がりは「風評被害」の問題が背景にあります。福島の今を正確に知ることは、却って風評被害の克服に繋がるものです。震災直後のイメージやオリエンタリズムに左右されることなく、今の正確な現状を知ってほしいと思います。

二重ローン問題のこれから、5年は新たな困難のはじまりか

東日本大震災後の最大の課題のひとつとして、「二重ローン問題」があります。詳しくは「被災者を苦しめる 二重ローン問題~新しい制度と見えてきた課題~」にまとめています。

津波で自宅が流されているにもかかわらず、住宅ローンだけが残ってしまった被災者。あるいは、何の落ち度もないのに仕事を失ってローン支払いが困難になってしまった被災者。こうした方々に対して、「今は破産制度しかないが、それでは再建できない。しかし、待っていてほしい。みなさんの声を届けて法改正などを提言していく予定だから、数か月後にまた相談してほしい。」と初期は言わざるを得ませんでした。2011年夏にできた「被災ローン減免制度」(個人債務者の私的整理に関するガイドライン)によって、一定の方は救うことができましたが、多くの方は制度を周知させることもできずに終わってしまったという苦い経験があります。なお、実は今でもリスケジュール後のローンに被災ローン減免制度を適用することができる場合があります。しかし、いまさら手続きを銀行としようとする被災者のマインドが無くなってしまったのです。

では、二重ローン対策の制度を利用できなかった方はどうなるのでしょうか。これは、震災5年たった現在こそ顕在化してくる問題です。もし初期の段階で被災ローン減免制度を利用していれば、義援金や保険金などの資金は相当程度手元に残すことができたはずです。住宅再建資金や、新たな住宅への入居資金になったはずです。ところが、被災ローン減免制度を使わなかった場合、特に、銀行のリスケジュールに応じて、保険金や生活再建支援金を返済に充ててしまった被災者は、今現在、資産形成ができていない可能性が高いのです。新たな住宅に移ることも、再建することもできないのです。仮設住宅から出たくても出られない。あるいは無理に新たな住居を手に入れ、本当に二重ローンを抱えてしまえば、次こそ破産せざるを得ないのです。

教訓を踏まえ、2015年12月には、「自然災害債務整理ガイドライン」が成立し、東日本大震災以外の災害にも被災ローン減免制度が使えるようになりました。しかし、あくまで法的拘束力のないガイドラインです。失敗をしないためには、今度こそ「法律」を作って、政府主導により対応することが必要になるでしょう。

震災5年は節目ではないということが、シンポジウムを通じて改めて認識されたと考えます。