進まない高台移転を法律で変える(中編)

弁護士が見た復興

震災直後の被災者支援、復興計画における政策決定、事業者や生活者の再建支援など、復興の現場では様々な場面で弁護士が関わっています。現地での支援や後方支援に当たった法律の専門家から見た復興と法律に関するコラムを、現役弁護士がリレー形式で書き下ろします。第10回となる今回は、2011年に日本弁護士連合会災害対策本部室長として東日本大震災後の支援を行い、「災害復興法学」の創設者でもある岡本正弁護士が、「進まない高台移転を法律で変える(前編)」の続編として、東日本大震災復興特区法の改正で復興事業用地の土地収用の規制緩和が実現するまでを、「法案提出とその後の動き」に着目して振り返ります。

国の「加速化措置」の不十分性と土地収用法の課題

「進まない高台移転を法律で変える(前編)」にもあるように、政府の認識と現場の声とが離れてしまった実態を、日本弁護士連合会の意見書が厳しく指摘しています。

例えば,2013年10月19日及び2014年1月9日に示された住宅再建・復興まちづくりの加速化措置(第三弾)及び同(第四弾)においては、所有者等が不明の場合において、土地収用法の迅速化が図られているが、これは防潮堤や道路等の公共インフラを対象とするものであり、そもそも50戸未満の災害公営住宅事業、防災集団移転促進事業は収用事業の対象外とされており、住宅の復旧・復興のための用地確保を促進させるものではない。
 そして、これらの住宅の復旧・復興に関する復興事業については、財産管理制度の活用が図られているが、この対策も、遺産分割未了かつ相続人多数の場合や土地の権利者が所在不明な場合等において、財産管理人選任申立前の権利者調査に多くのマンパワーと時間を要するという、被災地で現に起きている問題状況を変えるものではないし、そもそも不在者財産管理人は管理財産の保全を目的とするものであるから、確実に事業予定地が売却されるわけではない。これに加えて、加速化措置(第三弾)では不明地権者調査における補償コンサルの活用を掲げているが、既に被災地からは、引き受け手である補償コンサルが不足しているとの声が寄せられている。また、防潮堤や道路等の公共インフラ整備に用いられる土地収用制度の活用についても、事業認定手続の審理期間を短くする運用改善にすぎず、収用裁決を経なければ工事着工すらできないという問題を解消するものではない。
復興事業用地の確保に係る特例措置を求める意見書(2014年3月19日付)

高台移転がなぜできないのか、そのボトルネックは何か、が明確に説明されています。
同時に、この意見書では、復興目的による土地収用が「合憲」であるという見解が示されました。改正法案の概要も、岩手県の要望に沿うように、詳細に提示されました。
ところが、政府主導による法改正の動きは、ついに起こらなかったのです。

問題の顕在化から法案成立までの流れ

「死ぬまでに仮設住宅から出られるだろうか・・・・・・」実際にこの声を聞いてしまった以上、ここであきらめるわけにはいきません。弁護士たちも、メディア向け説明会、全国各地の新聞社の社説への働きかけ、NHKの解説番組への情報提供など、「高台移転がなぜできないのか」、「所有者不明の土地の調査義務を緩和すべきだ」、という点を、地道にPRしました。それらの動きに、呼応したのは、被災地の国会議員だったのです。

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右に、高台移転促進を目指す法改正が実現するまでの、主だった流れをまとめておきたいと思います。

3つの法案が、与野党から議員立法として相次いで提出され、そのうちの【第一法案】【第二法案】が「撤回・一本化のうえ再提出」となりました。その結果、高台移転を促進する土地収用法の特例法(東日本大震災復興特区法改正)の成立に至ったのです。これにより、復興目的を重視した規制緩和が実現し、土地収用法の「緊急使用」の拡大というかたちで、工事着工の前倒しができるようになりました。所有者不明の土地の調査義務も軽減されました。また、今までは土地収用の対象にならない小規模な高台移転事業も、土地収用によって事業用地を確保できるようになりました。

もうひとつ特筆すべきは、「大規模災害復興法」も同時に改正され、東日本大震災だけではなく、将来の巨大災害にも「緊急使用」の拡大による工事着工前倒しのスキームが活用できるようになったことです。被災地の声が将来の巨大災害の備えにまで繋がったのです。

当初は与野党法案に落胆、一本化に至るまで

では、法案成立までの流れをもう少し詳しく見ていきましょう。

【第一法案】と【第二法案】に関しては、与野党同時に、ほぼ同じ構造の法案が議員立法で提出されるという珍しい現象が起きました。 どちらも、すでに土地収用法にある「緊急使用」という仕組みを利用して、収用前の土地に前倒しで工事着工するというアイディアです。現地の切実な要望に国会議員がリーダーシップを発揮したものとして、法案提出に至ったこと自体は、評価すべきものがあると思います。
ところが、法案を見ると、【第一法案】も【第二法案】も、課題に十分に応えているとは言い難いものだったのです。与野党議員がお互いの功を焦ったと言えば言い過ぎですが、後述する【第三法案】や岩手県らによる法改正提言のように、練りに練られたものとは言えませんでした。

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【第一法案】については、緊急使用するための要件である「災害を防止することが困難となり、その他公共の利益に著しく支障を及ぼす虞があるとき」という点を、厳しい要件のままで、何らの緩和もしていませんでした。結局のところ、この条文では、復興事業のためというだけでは、緊急使用が相当困難であると評価せざるを得ません。
【第二法案】は、緊急使用の要件については「東日本大震災からの復興を円滑かつ迅速に推進することが困難」な場合に緩和することにしていました。しかし、緊急使用許可後に行わなければならない「所有者への通知」のための調査義務が緩和されていなかったのです。所在不明者についてとことん調査を継続しなければならないので、マンパワー不足は解消されません。結局のところ、所在不明土地の緊急使用はできない条文になっていたのです(この点は【第一法案】も同じです)。

与野党双方が同時に「復興事業用地の確保」のために提出した法案が、いずれも、復興事業の促進を実現するに及ばない内容であったことに、地元は大きく落胆せざるを得ませんでした。当時の報道も法案について厳しく批判しています。

土地収用には、手続き中であっても着工できる緊急使用という仕組みがある。この場合、土地調書を提出するまで、着工から6カ月の猶予が与えられる。改正案は、与野党ともに猶予期間の延長を認めた。これらの措置により、確かに土地収用の入り口要件は格段に緩和されるだろう。
だが、これで本当に現場の負担が減るかと言えば、答えは「ノー」だ。いずれかのタイミングで土地調書を作成して提出しなければならず、結局、人手不足の被災自治体の負担は減らない。そもそも地権者の特定が困難なのだから、土地調書を整える見込みがないとなれば、被災自治体は、緊急使用の権限行使を諦めざるを得ないだろう。加えて与党案には、重大な瑕疵(かし)があった。緊急使用の要件に『震災からの復興を円滑かつ迅速に推進するのが困難な場合』という一文の入れ忘れだ。これでは、土地収用委員会が着工を許可しない可能性がある。
河北新報社説(2014年4月6日)

与野党の法案は、双方ともに「出直し」を求められてしまったのです。

(後編に続く)

文/岡本正 岡本正総合法律事務所所長・元内閣府行政刷新会議事務局上席政策調査員

⇒進まない高台移転を法律で変える(前編)