進まない高台移転を法律で変える(前編)[弁護士が見た復興]

震災直後の被災者支援、復興計画における政策決定、事業者や生活者の再建支援など、復興の現場では様々な場面で弁護士が関わっています。現地での支援や後方支援に当たった法律の専門家から見た復興と法律に関するコラムを、現役弁護士がリレー形式で書き下ろします。
今回の執筆者は、岩手県宮古市の「宮古ひまわり基金法律事務所」所長として勤務中に自らも被災し、最前線で法律面からの復興支援に携わった、小口幸人弁護士です。

最も多い被災者の声

「弁護士の先生に言っても仕方ないのはわかってる。でも、俺が住むはずのあの山の工事は、一体いつになったら始まるのさ。このままじゃお迎えが来ちまうよ。」
仮設住宅に足を運んで相談会を開催すると、必ず寄せられる声が、「工事が始まらないことに対する不満」でした。1時間、2時間そういった話が続くこともありました。目の前に移り住むはずの高台がある。その日を待って仮設住宅で日々の生活を送る。しかし、工事はいつまでたっても始まらない。イライラが募るのは当然です。ただそれを聞くしかない、せいぜい工事が進まない理由を説明して不満を少しでも減らしていただくしかない、最初はそう思っていました。

被災地で起きていた問題

被災地では、高台移転などの復興事業が遅々として進まない、1年経っても2年経っても工事が始まりもしない、そんな問題が起きていました。2013年頃から報道されるようになり、2014年3月11日を迎える頃には、進まない復興事業の現状と、それに落胆する被災者の声を伝える報道で溢れていました。

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復興事業を阻んでいたのは、事業に使う土地の権利取得。具体的には長年放置されてきた土地の名義変更でした。
ある人が亡くなり、その人が土地の所有権を持っていた場合、登記手続をして名義変更をするのが本来です。しかし、実際には名義変更をしない例が後を絶ちません。特に、地価の安い地方では売買の機会が少ないため、そのままにしている例がとても多い傾向にあります(政策研究『国土の不明化・死蔵化の危機 ~失われる国土Ⅲ』、2014年3月、東京財団)。
東日本大震災の被災地の中でも岩手県沿岸部は経済的に貧しく地価も安い地域であったため、特に名義変更をしていない土地が多くありました。この名義変更をしていない、という一見大したことなさそうな事態が、復興事業を遅らせる原因になっていました。

あまりにも困難な状況

高台移転を実施するためには、これまで使われていなかった山を切り開く必要があります。山を切り開くためには、当然その土地の権利を取得する必要があるのですが、こういった普段使われていない土地の多くは名義変更されていませんでした。報道によると、名義と土地の使用者等が一致する土地は全体の3分の1しかなかったそうです。
名義が一致しない土地の中には、180年前の江戸時代の人の名義になっている土地や、存在の有無もわからない団体の名義になっている土地、登記をいくら見ても手がかりすらつかめない土地などが多数ありました。岩手県内の復興事業のためには、約2万筆の土地を取得する必要があったと言われていますが、そのうちの約6400筆、つまり約3分の1の土地は所有者の特定が困難とされていました。

復興事業を迅速に進めるためには、短期間でこの問題を解決する必要があります。平時とは異なる、特別な対応が必要です。しかし、国は特別な法律をつくりませんでした。国は、被災地の自治体が、土地の所有者を一つ一つ調査して特定し、所有者が何人いても、その人達がどんな人でも、どこに住んでいたとしても、「売ってほしい」と交渉して売買契約を結んで取得する、そんな方法を選択しました。防災集団移転促進事業といいます。

被災地では、ご存知のとおり自治体職員のマンパワー不足が発生し続けていたにもかかわらず、国が特別な法律をつくらないので、多くの自治体職員は、この作業に汗を流しました。
もちろん、復旧・復興のためですから、売買交渉の大半は成立します。しかし、持ち主を特定するのも難しい土地がたくさんありましたし、仮に特定できても、例えば相続人が84人もいて持ち主が全国に散らばっているなど、交渉事態が難しい土地もたくさんありました。迅速に解決する、そんな言葉とは程遠い情況がそこにはありました。

さらに、復興事業に多い高台を切り崩すとか嵩上げをするという工事は、面的に山を削ったり土を盛ったりする作業です。よって、たった一つでも取得できない土地がある場合、その周りの土地を取得できていたとしても、物理的に工事を始めるわけにはいきません。こんな問題が被災地、特に高台の土地が少ない岩手県沿岸で起きていました。

当然、被災地からは特別な立法を求める声が相次ぎましたが、復興大臣は現在の制度で十分だと答弁し続けました。政府は復興が最優先課題だとし、与党(自民党・民主党)も復興事業の迅速化を謳っておきながら、国は動きませんでした。

行政と弁護士会の共同作業

岩手県と岩手弁護士会は、震災復興等で生じる問題について、定期的に意見交換をしていました。2013年7月頃、岩手県から岩手弁護士会に対し、土地の権利取得を迅速に進めるための特別法を一緒に検討して欲しい、という申し出がありました。国が動いてくれない以上、求める特別法の内容やその弊害を詳細に検討し具体的に詰め、国に突き付けるしかない、そんな切迫感を感じました。
私は当時、盛岡から車で2時間かかる沿岸の宮古市に住んでいましたが、定期的に開催する意見交換会に足を運び続け、岩手県と岩手弁護士会の共同作業に携わりました。対立することの多い行政と弁護士会がタッグを組んで一つの法律案を作り上げる、そんな前代未聞の作業が続きました。

まずは、当時の問題状況を共有することから始まった共同作業は、独自のアイデアを持ち寄り検討し、特に憲法上の問題点について吟味した上で具体化する。具体化した案を憲法との抵触や現場での使い勝手、迅速化の程度などの側面から検討する、そんな作業が11月末頃まで続きました。

私は2013年10月に東京に移りましたが、東京にいる強みを活かし、衆議院議員会館に足を運び、被災地の動きを支援してくれる国会議員と意見交換をしたり、岩手で出来上りつつある法案について、議員を通じて衆議院法制局に具体化してもらい、そこで見えてきた問題を岩手にフィードバックしたり、東京から岩手まで行って意見交換に参加したりと活動を続けました。
2013年11月26日、岩手県と岩手弁護士会が共同してまとめた特措法の案が岩手日報の一面で報道されました。翌27日には、岩手県知事が復興庁や与野党を回り、特別法の創設を求めました。岩手弁護士会もその骨子をまとめた要望書を作成し立法化を求めました。

しかし、当時の根本匠復興相(自民)は、「憲法に抵触する可能性が出てくる」として、要するに要望を「一蹴」しました。憲法と人権の護り手である弁護士が、弁護士会として正面から検討し、真剣に憲法との抵触と向き合い、この限度なら大丈夫だと太鼓判を押した法案を、憲法に抵触する「可能性が出てくる」として拒みました。具体的にここが問題という話しも遅々として進みませんでした。
岩手県職員の苦労を目にし、弁護士会が土地を強制的に取得する特例法を要望することの重要性を理解し、そして何より仮設住宅で高台工事の着工を心待ちにしている被災者の方を多く知っていた私は、この国の対応が許せませんでした。

中編に続く)

文/小口幸人 桜丘法律事務所・元宮古ひまわり基金法律事務所所長