南三陸発のこだわり高級石けんは「サードウェーブ」となるか

南三陸石けん工房の挑戦

工房には、さまざまな原材料による試作品が並ぶ。最近人気なのは、このキューブ型のものだとか

工房には、さまざまな原材料による試作品が並ぶ。最近人気なのは、このキューブ型のものだとか

清潔感溢れる佇まいで理路整然と並ぶ色鮮やかキューブ型の石けん。年齢問わず、女性なら誰もが「わぁ、カワイイ」と思わずにはいられないだろう。東京や仙台のお店の新商品と言われれば納得してしまいそうだが、この石けんが生産されているのは宮城県の南三陸町にある古民家を改装した工房。しかも、プロデュースしているのは30代の男性というから驚きだ。

工房を運営するのは株式会社アイローカル。福岡県出身の厨勝義(くりや・かつよし)さんが、震災後に南三陸町で石けんビジネスを始めようと資本金500万円で立ち上げた。アカモクやワカメなどの海藻類やドライフラワーなど、地元の資源を活かした手作りのオーガニック石けんを製造・販売し、南三陸に新たな産業を創出することを目指している。今年の夏以降に商品の販売を開始すべく、目下、スタッフ一同、商品開発に取り組む日々だ。

女性好みのビジネスが、この町には必要だ

厨さんが石けんに目をつけた理由の一つは、震災のわずか3ヶ月後に南三陸への移住を決めて以来、人口減少、特に「お嫁さん不足」に悩むこの町で、「地域の課題を解決するには若い女性への雇用支援が不可欠」との問題意識が芽生えてきたからだ。

南三陸町では、例えば大卒の女性の就職口は町役場や漁協、農協の事務などが大半となり限定的だ。そうした中、大抵の若い女性は進学を機に町を出ていき、そのまま外の人と結婚して戻って来る人は少ない、と厨さんはいう。そこで、彼女たちが働きたいと思える場所を南三陸町につくりだす。そのまま地元で結婚して家庭を持てば、少子化の歯止めにもなりうる。若い世代の人口が増えれば、高齢者を支えることもできる。そう考えた。

一般に「支援される側」というよりは「支援する側」として期待される若い世代のニーズはしばしば見落とされがちだ。「被災地の現状についてもメディアなど表に立って語るのは年配の人ばかり。若い人の声が届いていない。でも、長期的な視野で少子高齢化などの課題解決を見据えた時、本当に支援すべきは誰なのか」と、厨さんは疑問を投げかける。

石けんビジネスの可能性

細い道で岡をあがったところにある古民家が、厨さんの工房だ

細い道で岡をあがったところにある古民家が、厨さんの工房だ

とはいえ、ビジネスとして成功する可能性も期待できるのであろうか。この点につき、厨さんは、石けんには「今日来た人も作れるが、こだわればいろいろ作れる」という利点があると強調する。

石けん作りには特別なスキルは必要ないため、誰でも気軽に始めことが可能だ。基本となる材料もオイルと水、水酸化ナトリウムのみ。初期投資も非常に少なくて済む。アイローカル社では、工房で不定期に一般の人が石けん作りを体験できるワークショップを開催しているが、誰もが簡単に挑戦できるからこそ、そうしたワークショップを重ねることでファンを増やしていくことができる。

また、石けんは、作り方こそシンプルだが、形や香り、大きさ、基本の材料に加える天然素材など、組み合わせは無限にある。この点を活かし、厨さんは顧客の細かな要望に合わせてオーダーメイドの石けんをつくることを計画する。工房では2015年1月に石けん作りを開始して以来、既に数多くの「石けんレシピ」を試してきた。先述の海藻類などのほかに、ヨモギ、竹炭、アボガド、紫根などの天然素材に、数種類のアロマオイルをブレンドする。試した組み合わせの数は4月時点で50種類を超える。

もともと日本では、石けんは高級品で贈答品などに使われていたが、次第に国産メーカーが作る安価なものが大量に出回るようになった。ここ数年はロクシタンやサボンなど海外ブランドが次々と日本に店舗を開き、香りやデザインが豊富な中間価格帯の石けんを売り出して人気を博している。南三陸の豊かな資源を活かして、このどちらとも異なる「知る人ぞ知るこだわりの高級石けん」を作り、さらにオーダーメイドといった顧客サービスを加えることで、市場における独自の立ち位置を確立したいというのが厨さんのねらいだ。

石けん業界の第3の波になれるか

アイローカル社は、今年中の販売開始から徐々にビジネスを軌道に乗せ2017年までには利益を出したい考えだ。当面は、南三陸だけでしか手に入らない石けんとして売り出していきたいとのことだが、将来的には仙台や東京、さらには東南アジアに進出することも視野に入れる。

また、ワークショップの参加者の中から、将来、「石けん作家」として新商品の開発に貢献してくれる人材を育成したいという。単なる利益追求だけではない、南三陸に女性の雇用の場を創出し、新たな産業をつくることに主眼を置いた同社らしいアプローチだ。

安価なものを大量に消費する時代を経て、消費者は今、安心・安全な高品質のものを求めている。例えばコーヒー業界。浅煎りやインスタントが大量に消費された時代を経て、タリーズやスターバックスが提供する、より味を重視した1杯300円程度のコーヒーが市場を席巻。今年に入ってからは、米・カリフォルニア発の「ブルーボトルコーヒー」が日本に進出し、豆や焙煎方法にも拘った質の高いコーヒーを提供する「サードウェーブ(第3の波)」として注目を浴びている。

石けんもまた、高級品・贈答品として使われた時代から、安価でコモディティ化した時代へと変化をとげてきた。南三陸の女性たちの手で一つ一つ丁寧に編み出される「ここにしかないオーガニック石けん」は、業界の第3の波となりうるか。今後の展開に期待が高まる。

文/石川忍