東北のいまvol.24 明日の漁師を育てる 大槌町・新規漁業就業者体験講座

vol24

 漁師になるにはどうしたらいいのか?

 釣りをしたことはあったとしても、それと漁船に乗って生計を立てることには大きな隔たりがある気がしてしまう。仮に船一隻もらったとしても、それをどう活用したらいいのか多くの人は見当もつかない。

 1月中旬の午前3時50分頃。岩手県大槌町、赤浜地区の漁港。一面暗闇の中に、ぼんやりと白い光が浮かんだ。光の周りには人が集まっていて、近づけばその光が船だと気づく。彼らと船に乗り込むと、出発の声もなく静かに船は陸を離れた。これから近海の漁場を3箇所周るという。気温は氷点下。海からの風に身を縮め、月を見上げた。

 この日、地元テレビ局や新聞社、全国区メディアも取材で船に乗り込んだ。取材対象は3人の新米漁師“候補“。大槌町が開催した3泊4日の新規漁業就業者体験講座の参加者だ。

 網を引き上げながら「これは結構しんどいですね」と奈良寿昭さん。顔を歪めながらも笑っているようで、そのしんどさを楽しんでいるようにも見える。彼は震災後、NPO法人遠野まごころネットのスタッフとして大槌町を支援してきたが、これまでとはまた違った支援があるのではないかと参加。震災後から支援してきた大槌への思いはもちろん、ボランティアを通して岩手の食に触れる中で、「どうやったらその魅力を伝えられるのか」と思ったことがあるという。中でも水揚げ時期の新鮮な時にしか食べることの出来ない、ワカメのしゃぶしゃぶの感動は、取材中に幾度と無く話にあがった。

 町内で働く三浦健一さんは、今回の参加者の中で最年長。取材へは言葉は少ないが、漁業者だった両親を思い、自身が漁業に関わることと思いを重ねあわせる。「寒い時はこんなものじゃないですよ」と教えてくれた。

 岩手県大槌町は、漁業の町だ。ワカメ・コンブ、ホタテ、イカなどの豊富な水揚げがあり、サケを丸々塩漬けにした新巻き鮭は大槌が発祥とも言われる。しかし、この漁業の町で、震災前には800人以上いた漁業従事者が、現在200名近くまで大幅に減っている。基幹産業である漁業を再生させようと思った時に後継者問題は大きい。しかし、漁業は、興味をもった人がいたとしてもいきなり始められる仕事ではない。元々・家族の誰かしらが漁業者で、そのお手伝いなどを通して、なんとなく知っていたりすることが多く、そうでない人がいきなり始めるとなると、そもそも何から始めたら?となる。

 大槌町は復興計画の中に漁業学校を組み込んだ。「学校」を検討しているのは、漁業を始めるまでのその落差を埋めることで、全国の潜在的に漁業に興味を持つ人たちの興味を引ければと考えるからだろう。そして、将来を見据えた改革のトライアルとして今回がある。漁業者600名減を思えば、3名の参加は少ない。しかし、これによって町が注目を集め、記者が集まり、全国に発信される。これが次のうねりを引き出す先鞭になる可能性を秘めている。

 「これまでは外の人間として関わってきたが、これからは町の魅力と外の人をつなぐ橋渡しになりたい」と奈良さんは話す。肝心の「漁業者になるかどうか」はまだ分からないが、今回得られた経験は何かしらの形で次の一歩につながり、将来の実となるだろう。

写真・文=岐部淳一郎