社員の成長を促進し、企業のブランド価値を高める[日本財団 WORK FOR 東北]

「WORK FOR 東北」は、被災地の自治体等への民間企業による社員派遣、個人による就業を支援し、人材の面から復興を後押しするプロジェクトです。
復興の現場に社員を派遣している企業、および、赴任した方々のインタビューを紹介します。

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社員3名の派遣開始から約3か月が経過した企業の手応えと今後の展望を聞きました。

マッチングが派遣の成否を分ける

TOTO株式会社では2014年4月から、復興支援人材として3名の社員を宮城・福島の両県に派遣している。社内のイントラネットによる公募で選ばれたのは、仙台出身で長らく技術畑を歩んできた松田豪さん、宇都宮の営業所勤務だった安永文子さん、福岡で法務に携わる山中啓稔さん。現在はそれぞれ、宮城県女川町、福島県川内村、同双葉町、という新天地で、地域の復興をめざして奮闘中だ。

派遣に関する業務を担う人財本部キャリア支援室長の城之下洋さんは、4月からの3カ月を「概ね順調な滑り出し」と評価する。「何より派遣人材と派遣先のマッチングが非常によかった。「WORK FOR 東北」事務局とともに出向希望者の経歴や適性を確認。そして何より東北で何をしたいのかという意志を尊重し、最も適切な受け入れ地域や団体を紹介してもらえた。適性の合うところに派遣することが本当に大切だと実感している」。

派遣された3名は、同社でのキャリアが比較的長いベテラン社員ばかり。長く勤めている分だけ多くの引き出しを持っているため、課題の山積する現場に向き合うことで、従来の業務では使われていなかった潜在的な能力を発揮できているのではないかと城之下さんは見ている。

派遣された3名の具体的な業務内容を見ると、女川ブランドの構築を進める「復幸まちづくり女川合同会社」に派遣された松田さんは現在、2015年3月の新しい女川駅完成に合わせた漁業体験館の準備で地元の漁師さんと交渉したり、水産業の復活のために地元産品を大手流通業者にPRしたりしている。地元の事業者は、大手業者が求める厳しい品質管理に関する書類作成のノウハウが十分でない様子だった。そこで、TOTOにおける松田さんのB to B ビジネスの経験が生きている。

安永さんは川内村商工会で、村の商業再生や交流人口拡大をめざす事業に携わっている。城之下さんは「TOTOでは営業所勤務だったこともあり、安永さんはお客様相手のコミュニケーション力がもともと高い。従来とはまったく違う業務に携わることで、潜在的な力がいっそう引き出されている印象だ」と言い、東北への派遣が人材育成の機会になっている点を評価している。双葉町役場の復興推進課で太陽光発電事業に取り組む山中さんは、まず発電基地用の用地接収や補助金制度を用いた企業誘致など、行政ならではの骨のある業務に挑戦中だ。

手厚いバックアップ体制で派遣人材をサポート

TOTOでは、派遣するからには確実な成功に導けるよう、社としてのバックアップ体制を整えている。そのため派遣が決まってから実際に着任するまで、受け入れ先とはかなり綿密な打ち合わせを重ねたと言う。検討すべきポイントは、労働条件の確認から住まいの手配まで多岐にわたる上、女川町、川内村、双葉町の3地域で環境がそれぞれ違うため、きめ細かな対応が求められた。

たとえば、多くの企業では一人ひとりがメールアドレスを持っているが、派遣先の中には団体で1つのアドレスを共用しているところがあり、それでは何かと不便だろうと、携帯アドレスを用意するなど、派遣直前まで細々とした確認を重ねた。

さらに着任後は、城之下さんが既に現地を訪問して面談し、状況を確認している。電話やメールで随時連絡を取れる体制を整備した上で、今後も定期的な面談を継続する予定だ。

業務に直接かかわるバックアップとしては、派遣中も同社内の管理制度を用いた目標設定と進捗確認の仕組みを適用する。これまで馴染みのある制度を取り入れたほうが、派遣人材が業務に取り組みやすいだろうとの判断だ。さらに社としての評価がしやすいというメリットもある。とはいえ、復興現場では日ごろのビジネスと同じような感覚で目標設定をすることさえ容易ではない。すべての派遣先で明確な目標設定ができているわけではないというが、人財本部では少し長い目で見守る姿勢だ。

復興現場の業務におけるやりがいや難しさは三者三様だが、共通して見られるのは何事にも時間がかかる点だ。多くの関係者を巻き込んだ事業が多く、TOTOの業務とは意思決定の仕組みや決裁方法も違うためだ。遅々として進まない状況が続くと、派遣人材のモチベーション低下にもつながりかねないとの配慮から、人財本部としてのバックアップはもちろん、派遣人材同士(他企業も含め)でコミュニケーションを取れるよう、「WORK FOR 東北」事務局とも連携し、機会を設けた。

復興を願う社風がもたらすブランド価値

人材を復興現場に派遣することが、企業にはどのような価値をもたらすのだろうか。城之下さんは、「派遣人材自身にとっては、非常に大きな成長の機会であることは間違いない」と断言する。「具体的にどんなスキルを獲得できるかというより、漠然とした表現だが、人間力がグンと底上げされることで、社に戻ったときには、どの部署に配属されても従来以上の力を発揮してくれるだろう」と期待している。海外赴任でも条件の苛酷な国・地域に赴任した社員ほど、たくましい変化を遂げるのと同様な効果が望めると感じている。

さらに、企業にとっては復興現場のナマの情報が伝わることが大きなメリットだ。現地で頑張っている同僚がいることで、リアルな情報がダイレクトに伝わり、被災地への理解や復興へのマインドが維持され、風化しない。

たとえば松田さんの提案で去る7月15日、社員食堂の一日限定メニューとして女川町産直の新鮮な秋刀魚を使った「さんまのすりみのメンチカツ」を取り入れた。当日は松田さんも女川町のハッピを着てPRし、予定以上の数を社員が食べてくれた。また、社外の復興支援イベントでも、イントラネットで紹介すると社員が誰かしら会場を訪れている。会社の仲間が頑張っているのを聞くと、自然に賛同してくれる。

こんな活動を通じて社員の「復興を支援したい」という気持ちが自然に醸成されているという。

また、「こうしたことは、会社にとって決して短期的な利益を生むわけではない」と思うが継続することにより、「復興を支援したいという熱い気持ちのある社員が増え、全社で復興支援を継続し、マインドが醸成されていくことが自社へのロイヤリティを高めることになるはず」と城之下さんは確信している。そして結果的に社のブランド価値向上にもつながることが期待される。

(取材日:2014年7月9日)

記事提供:日本財団「WORK FOR 東北」