「東北食べる通信」が新しい旅のかたちを提案 生産者を訪れ、第二のふるさとを探す旅

震災後に東北から生まれ、いま全国に広がりを見せているサービスがある。2013年7月に開始した「東北食べる通信」は、毎月1回、東北の食の生産者を特集した情報誌を発行し、その生産者のつくる食べ物とともに定期購読者に届ける「食べもの付きの雑誌」だ。2014年度グッドデザイン賞では見事「金賞」を受賞。また四国や新潟、神奈川、また東北内でも宮城県東松島市からも「食べる通信」が誕生するなど、発足からわずか1年ながらその注目度はますます高まっている。

こうした中で、運営元であるNPO法人東北開墾では、2015年には新たに旅行サービスのスタートを予定していると言う。代表理事の高橋博之さんに話を聞いた。

都市住民が「第二のふるさと」を探している

岩手県出身の高橋さんが事業をスタートさせるきっかけとなったのは、東日本大震災だった。高橋さんはそのときの経験をこう語る。「あのとき岩手にも、都市から多くの人たちが駆けつけてくれました。復興支援として助けてもらったわけですが、同時に都市から来た人たちが生き生きとしている姿がそこにあったんですね。 “助ける側”“助けられる側”ではなく、お互いに救われているんだなと感じました」。経済的には不自由は無いが、合理性や効率性が重視される日々の生活や仕事にリアリティを感じられない。そんなことを感じていた都市の生活者たちが被災地に来て、利害関係のない助け合いや大自然を目の当たりにして、自分を取り戻していったのではないかと、高橋さんは考えている。「地方の課題が叫ばれていますが、同時に都市も限界を迎えているのではないでしょうか。今までは都市が地方をどう支えるかという議論しかありませんでしたが、そうではなく、これからは都会と地方が共存しあうべき時代なのだと、あのとき強く感じましたね」。

高橋さんは中でも特に、常に自然を敬い、命の根源である食べ物を、命をかけてつくり育てる一次産業とそれを支える人々の生き様に魅せられていった。この価値を都市の生活者に届けたい、そして震災のような有事のときだけでなく、日常的に生産者と生活者がつながることができる回路をつくりたい。そうして生まれたのが、「東北食べる通信」だった。

お見合いと結婚の間の、デートとしての旅

3000件を超える応募の中から19件に与えられるグッドデザイン金賞を受賞した「東北食べる通信」

3000件を超える応募の中から19件に与えられるグッドデザイン金賞を受賞した「東北食べる通信」

「東北食べる通信」は月に1回、東北の生産者を特集した情報誌とこだわりの食べ物がセットで届く定期購読誌。「東北開墾のCSA」は、お気に入りの生産者を見つけ、長期的に関係を築きながら食べ物や価値を交換し合うコミュニティサービス。高橋さんはこれらの事業を通じて、都市の生活者に「第二のふるさと」を生み出していきたいと考えている。「「東北食べる通信」は月1回の生産者との“お見合い”、そして「東北開墾のCSA」は“結婚”のようなもの。地縁・血縁だけではなく、食を通じてその価値を共有した者同士でつながる関係性を築く。そうすることで都市の生活者には、生活の中で命を身近に感じられ、いざというときには食うに困らない、いつも自らの命を支えくれるふるさとをみつけてほしい。そうすることで、本当の意味で豊かな生活を手にしてほしいですね」。

ではなぜ今、旅行サービスをスタートさせようと考えたのだろうか。「お見合いと結婚の間に“デート”がなかったことに気付いたんです(笑)。つまり、お気に入りの生産者を見つけるにしたって、いろんな生産者さんに会いに行き、直接交流してみないことには決められないですよね。それを実現するのが、旅行だろうと」。なるほど、第二のふるさとをつくるには、自らそれを探しに行く旅も必要だ、というわけである。

“人に会いに行く旅”を新たな旅行ジャンルに

『東北食べる通信 1月号』取材時のひとコマ。左が高橋さん、右が白石さん

『東北食べる通信 1月号』取材時のひとコマ。左が高橋さん、右が白石さん

「伸び悩みの続く旅行業界においても、私たちの提案する旅行はきっと良い刺激になるはず」と語る高橋さん。東北開墾が目指すのは、いわゆる物見遊山ツアーでもなく、レジャー体験でもなく、“地域の人々に会いに行く”旅行サービスだ。高橋さんが例に挙げてくれたのが、福島県いわき市にある「ファーム白石」の代表・白石長利さん。江戸時代から続く農家の八代目にして、枠に捉われず自由な発想で活躍する白石さんは、『東北食べる通信 1月号』でも特集された。今やいわきの顔として活躍する彼の元には、定期的に訪ねて来るファンが後を絶たないのだという。

「彼の魅力は、自然農法で育てるこだわりの生産物はもちろんのこと、他の活動をしながら生み出した価値を故郷・他地域の双方に還元しようとするその生き方にある」と評価する高橋さん。地元のシェフたちと協力しながら自分の育てた野菜を使ったスムージーの商品開発をするなど、いわきを盛り上げるために先進的な活動を続けながらも、消防団員として9年間活動を継続。さらに郷土芸能の「じゃんがら」で高校生のときから太鼓を担当するなど故郷にもしっかりと根を張り、地域人々の信頼を得ている。そんな白石さんだからこそ、他地域の人々を呼び込みいわきの魅力を伝えながら、一方で耕作放棄地など地元が抱える課題の解消に貢献するなど、双方が幸せになる都市と地方の交流を実現できているのだろう。白石さんの口癖は「“田舎の管理人”として、いわきと都市をつなぐ架け橋になりたい」だとか。

「地域ならではの暮らしや、本当の魅力を知りたいのなら、その地域の食を支える生産者に会いに行くこと、そして彼らとその仲間たちと交流することが一番ですよ」と、高橋さんは力強く語る。生産者を入り口とすることで、消費的ではなく、より深く地域と関係を築けるというのが、東北開墾が提案する新しい旅の価値なのだ。

12月にトライアルツアーを実施

農家だけでなく、シェフや飲食店、NPO、など様々な業界で活躍する白石さんの仲間たち。

農家だけでなく、シェフや飲食店、NPO、など様々な業界で活躍する白石さんの仲間たち。

東北開墾は、2015年のトラベルサービスの正式スタートに先駆け、2014年12月20日〜21日に「若手農家がご案内!いわきで“第二のふるさと”探しの旅」(主催:株式会社JTBコーポレートセールス)と題した1泊2日のツアーを実施する予定だ。

地域を案内する若手農家は、上にも挙げた白石さんだ。初日は福島県いわき市小川町(おがわまち)にある「ファーム白石」でブロッコリー、ニンジンなど冬野菜の収穫を体験し、希望者は夜、いわき駅近くの復興飲食店街「夜明け市場」で、白石さんの地元仲間たちとの飲み会にも参加できる。2日目は、白石さんのアテンドの下、昨年度農林水産祭天皇杯を受賞した、いわき市四倉(よつくら)にある「とまとランドいわき」や、平(たいら)にあるイチゴ農園「アグリパークいわき」を訪ね、トマトとイチゴの収穫を体験。農業体験だけではなく、白石さんや彼の地元の仲間たちとの交流の時間をたっぷりと用意したユニークなツアーになっている。

来年は、いわきに限らず東北全域をフィールドに、そして農業だけでなく漁業、畜産業といった、食の一次産業全般のこだわりの生産者たちのツアーを展開していきたいと言う高橋さん。この旅行サービスで、都市と地方の交流を活発にし、東北の本質的な魅力を肌で感じてもらうことはもちろん、多くの都市の生活者に“第二のふるさと”を見つけてほしいと、熱く語ってくれた。

食べものを育んだ自然を感じながら体を動かし、それと同時に、生産者や地域の人々の思いに触れ、交流する。この機会にあなたもぜひ、まずはいわきへ“第二のふるさと”を探す旅に出てみてはいかがだろうか。

ツアー詳細・申し込みは以下のウェブサイトから
http://taberu.me/news/tohoku/travel/