大学生が被災の経験を世界に発信 アジアの若者との交流で視野を広げ、役割を自覚

今年6月、タイ・バンコクで開かれたアジア防災閣僚級会合に被災地出身の大学生5人が参加し、自らの経験を通した防災への思いを世界に向けて発信した。大学生を派遣したのは、一般財団法人 教育支援グローバル基金が運営する教育支援事業「ビヨンドトゥモロー」(本部・東京都)。震災後からリーダー育成プログラムなどを展開しており、参加する大学生たちは、国内外での発信や交流を通してグローバルな視野を培いながら、被災経験者としての「なすべき役割」への自覚を深めている。

6月、タイで開かれたアジアの閣僚級会合で
「尊い命を守る防災教育」を訴え

アジア防災閣僚級会合で、各国からの参加者と。

アジア防災閣僚級会合で、各国からの参加者と。

日本など約60カ国から3000人以上が参加したアジア防災閣僚級会合。2015年3月に仙台で開催される国連防災世界会議に向け、自然災害が多発するアジア各国の経験を共有し、被害の拡大防止に役立てる目的で意見交換などが行われた。
ビヨンドトゥモローは、被災体験を元に政策や防災教育の専門家らと対話するプログラムを通じて防災に関する提言を作成してきた学生数十名の中から、藤田真平さん、西城国琳(さいじょう・こくりん)さん、菅原彩加(すがわら・さやか)さん、菅野英那(かんの・えな)さん、穀田龍二さんを派遣した。

分科会「子ども・若者フォーラム」で5人は、自分たちが作った詩「僕たちの未来」を日本語と英語で朗読。「尊い命を守るための防災教育/被災地に再び希望をもたらすため/国、人種、言語を越えて助け合う世界」と、被災地の思いを世界に発信。各国の政府関係者らと対話するとともに、アジア各国の若者と情報交換をし、交流を深めた。

教育支援事業「ビヨンドトゥモロー」
グローバルな視点持つリーダー候補を育成

リーダーシッププログラムの1つ、東北未来リーダーズサミット。

リーダーシッププログラムの1つ、東北未来リーダーズサミット。

ビヨンドトゥモローのコンセプトは「逆境は、優れたリーダーを生む」。想像を絶する困難を体験した被災地の若い世代は、次世代を担うリーダーとなる資質を備えていると考え、その教育支援を目的に2011年6月に設立された。大学進学や海外の高校への留学を支援する「奨学金プログラム」と、被災地の高校生・大学生がリーダーになるまでの過程支援する「リーダーシッププログラム」を事業の柱に置く。

ここでいう「リーダー」はエリート教育に限定せず、芸術やスポーツ、経済や政策、漁業や農業など幅広い領域で活躍する人材を想定。リーダーシッププログラムとして10月に開かれている東北未来リーダーズサミットでは、70人ほどの学生がまちづくりや観光による復興などを議論し、マニフェストをまとめるなど、地域社会や行政にコミットする経験を重ねている。海外での研修プログラムもあり、グローバルな視点を広げ、コミュニケーションを深めている。

奨学金プログラムは学資支援にとどまらず、被災した若者が夢を持ち、その実現に向けてステップアップするプログラムを設定。対象者の選考においては、社会問題をテーマにしたグループディスカッションを通してリーダーとしての資質を見極める。「社会貢献への意欲と情熱にあふれ、プログラムでの経験を通して磨かれていく、原石のような存在が選ばれます。震災後の厳しい経験で身に付いた共感力を生かし、社会にコミットする人材を育てていきたい」と、事務局の山岡幸司さん。事務局も学生たちと積極的に触れ合うなど、育成に向けて心を砕いている。

米国の高校生の研修をいわき市で受け入れ
自らの行動で思いと事実を伝える学生も

ビヨンドトゥモローの発起人は、世界経済フォーラム・ダボス会議のヤング・グローバル・リーダーとして各分野で挑戦を続け、交流を深めてきた国内のリーダーたちだ。アドバイザーに名を連ねる各界の著名人が各種プログラムに参加し、若者たちと意見交換することもあり、学生たちの刺激になっている。返済不要の奨学金を提供する基金は、次世代支援の思いを共有する企業や団体、個人から寄せられた善意で成り立つ。

事業開始から3年を経て、学生自ら活動するケースも現われた。タイの会合に参加した、いわき市出身の菅野さんは今年3月、地域の仲間とともに米国の高校生10人を受け入れ、いわき市内の視察ツアーを実施した。高校生から「親になぜ福島に行くのかと言われた」と聞き、ショックを受けたという。「でも、他国の人が福島をどう考えているか知りたかったから、正直な声を聞けて良かった。自分が住む福島の綺麗な景色、復興に向けて頑張る人の姿を伝えられたと思う」。行動を通して事実と自らの思いを伝えられたことに、手応えを感じている。

プログラム参加者への支援は最大4年。「日々を大切に生きたいと話していた1期生が、3年の時間と経験を経て、とてもたくましくなった。参加するだけの立場から、新しいことを起こし、後輩に伝えたいという思いが芽生えている」。自分たちが経験した悲劇が繰り返されないよう提言や発信を続け、国内外にネットワークを作ろうとする姿に、山岡さんは着実な成長を見ている。

8月には、アジアサマープログラム2014として、2013年の台風30号で甚大な被害を受けたフィリピンに8人を派遣する。現地の若者たちと被災体験を共有し、自然災害による被害規模が大きいアジア地域の共通点や相違点の理解を深め、リスク管理のために各国の若者が連携して活動するプラットフォームの基盤構築を目指す。

東北復興を担う人材を育成することは、日本の未来にもつながるという認識の下、ビヨンドトゥモローは、一人ひとりの人間的成長の機会を提供するプラットフォームとして、社会への貢献と自らの夢の実現に邁進する若い世代を支援し続けている。

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アジア防災閣僚級会合に参加した大学生のコメント

防災教育を行っていない国が多いことに驚き

西城国琳さん(拓殖大学国際学部3年)写真右から2番目

中国・大連生まれ、中学1年から南三陸に住む。震災で家を失った体験を通じて、「教育」「情報」の大切さを知り、アフリカの貧困地域での教育普及に協力し、子どもたちが夢を実現できる社会を作りたいと考えている。「アジアは自然災害が多いのに、防災教育を行っていない国が多いことを知り、驚いた。日本の防災教育について話したら『私たちの国でも取り入れるべき』と共感を得られた。アジアの若者が連携し、今後の災害防止に向けて共に行動するきっかけを作れた」

日本とは違うアジアの課題を再認識

菅野英那さん(早稲田大学商学部2年、)写真左から2番目

福島県いわき市出身。2013年夏にはビヨンドトゥモロー夏期グローバル研修に参加。米国で社会変革の成功事例を学んだ経験などからIT分野での起業を決意。インターネットを通じて世界に大きな影響を与えるサービス作りを考えている。「アジアには学校の安全性が確保されていない場所があるなど、日本とは違う課題があることを再認識した。自分たちの経験を話したことで、防災や復興に関心がある若者とネットワークができたことも大きい。彼らとフォーラムを作り、意見交換したい」

現地の被害当事者と話し、問題意識が高まった

藤田真平さん(神奈川大学法学部3年)写真左

宮城県気仙沼市出身。津波で家を失い、家族と離れて神奈川の高校に通いながらも、小学生から続けている水泳で好成績を残している。将来は復興のために気仙沼に戻り、町を出て行く若者を減らせるような会社を、同じ志を持つ仲間と立ち上げることが夢だ。「タイの台風被害は他人事のように思えていたが、当事者の若者と話すことで問題への意識が高まり、防災への目の向け方が変わった。東日本大震災についても、自分の言葉で世界に伝えることができたと実感している」

取材・文/小畑 智恵