【新しい東北モデル事業】気仙沼産の魚で地産地消の給食を。食育×産業復興が生む新たなビジネスモデル

水産の町・宮城県気仙沼市で、学校給食を軸に据えた新たなビジネスモデルの開拓が始まっている。復興庁の今年度「新しい東北」先導モデル事業に選ばれた気仙沼の魚を学校給食に普及させる会(臼井壯太朗会長)が進める「食文化をみつめなおすプロジェクト」は、子どもたちに食の大切さを伝える一方で、地域の一次産業復興を後押しする流れを作ろうという画期的な取り組みだ。

地元産の「生きた教材」を味わい、学ぶ

行政や栄養管理、水産関係など関係者が一緒になり開発したメニューの試食を行う

行政や栄養管理、水産関係など関係者が一緒になり開発したメニューの試食を行う

プロジェクトの狙いは三つある。「生きた教材」である地元産の魚を学校給食に提供することで、地元の生産者、加工業者、行政、栄養士など関係団体の連携を構築すること。開発したメニューは「商品」としてより広い分野、地域に流通させてビジネスの新たな市場開拓につなげる。また食育の面で、「美味しい」という味わいと魚や生産現場に関する知識を通して、地元産業に対する誇りを醸成する。

有名シェフや地元の管理栄養士などの意見を取り入れて地元産の魚を素材とするメニューを作り、2014年度内に1~2回、学校給食に提供。授業で活用できるよう、魚の産地や漁師の仕事、地域の食文化、生産・加工者情報、トレーサビリティなどがwebやタブレット端末で学習できるソフトを開発する。親子まぐろ料理教室の開催、魚市場、マグロ船、加工場や給食センターの見学会なども予定している。

「100%地産地消じゃなくても食べたい」。その思いに応えたい

臼井さんが気仙沼青年会議所の理事長を務めた2009年、同会議所は地元産のサメをはじめ、調味料も含めてすべて地場産品で作る「学校給食100%地産地消運動」を提案。関係各方面の協力を得て、2010年1月に市内の全小・中学校を対象に実施した経緯がある。フカヒレなども使った“サメ三昧”給食を味わった児童生徒からは「気仙沼にはまだまだ知らないおいしいものが、たくさんあることが分かった」「地元のものが80%でもいいから、また食べたい」といった好意的な反響があった一方、通常の給食費を超過した分を市の助成で乗り切るなど、コスト面で課題が残った。

気仙沼市では震災前、就労人口の約7割が水産業関連の仕事に就いていたが、中でも大きな割合を占める水産加工業の復興ははかばかしくない。さらに、遠洋マグロ漁業の基地として、またカツオやメカジキの水揚げ量やフカヒレの生産高日本一として全国に知られる一方、地元の子どもたちが魚をあまり食べていないという事実がある。

こうした現状に風穴を開け、継続的に地産地消給食を進めたいと、臼井さんが社長を務める水産会社、臼福本店が中心となり、一般社団法人大日本水産会や漁協、商工会議所など関連団体による「気仙沼の魚を学校給食に普及させる会」を2013年に設立。有名シェフを監修に迎えて、独自のメニュー開発などに着手していた。今回のプロジェクトでは、「学校給食のおかず」を「商品」として全国にも普及できるレベルに高め、素材提供、加工、流通を含めてビジネスレベルで採算が合う仕組みの構築に取り組む。

給食を切り口に、1回で約6000人の市場を開拓

学校給食では、定価、定量、定質、定時の4つの安定が求められる。メインのおかずには限りある給食費の中で安く購入でき、扱いも簡単な肉類が多く使われる傾向が強く、地場産品、中でも魚を用いることは調理現場にとってはハードルが高い。そこでこのプロジェクトでは、シェフの参加を得て食味レベルを高くして児童生徒の「食わず嫌い」を克服するとともに、調理現場にも負担が少なく、衛生的にも安全な形での商品開発を目指す。

では、「学校給食100%地産地消運動」で課題として残った「コスト」は、どう解決するのか。メインのおかず1品を魚メニューとすることで単価の上昇を抑えるとともに、回数を増やすことで収益につなげたい考えだ。今年1回目に予定しているメニューは、臼福本店が提供するメカジキに、地元産玉ネギを加えて作るメンチコロッケ。加工業者は揚げるだけの冷凍状態で納品し、給食現場の手間を省く。

「市内のすべての小中学校に配食すると、約6000人のマーケットが開拓できる。地産地消の意識が給食現場に根付いて魚を素材に使う回数が増えれば、これまで商業ルート向けに営業をしてきた地元加工業に新たな販売ルートが開け、復興の後押しになる。さらに、気仙沼産の食材が県内の学校やスーパー、そして他地域にも広がれば、気仙沼の名前と食材のことを広く知ってもらえるし、こうした活動が他の地域でも始まれば、気仙沼にいながら静岡や沖縄の食材を食べられるようになるかもしれない。そんなふうに、全国の一次産業の盛り上げにもつながっていけば嬉しい」。臼井さんは、拡張性のある事業に大きな未来を感じている。

気仙沼市の給食実施状況

気仙沼市の給食実施状況

食を支える一次産業の仕事に、誇りと敬意

臼井さんは昨年、マグロ延縄漁船の造船を地元の造船鉄工所に依頼すると、FBやメディアを通して完成までの過程を公開し、その技術の高さを広く知らしめた。進水後には、珍しい「漁船の乗船体験ツアー」を企画し、一般の方が漁業に触れる機会を提供。ここでも、生産者でありながら関連産業全体に目配りし、地域全体の復興を後押しする臼井さんの姿勢は変わらない。

震災後、視察に訪れたノルウェーで、「なりたい職業」の上位に漁師が挙げられ、後継者がたくさんいる状況に目を開かれたという。「ヨーロッパでは自国の一次産業が大切にされている。漁師が食生活を支える人として認められ、土地を耕す農家は国土を守る仕事として、みんな誇りを持って仕事に向かっている。でも気仙沼では、1年以上も家族と離れて沖に出て、命がけで魚を獲っている漁師の苦労や留守家族の辛さを知らない人が多い。漁師が命がけで獲ってきた魚を地元の子どもたちに食べさせることで、魚の命を実感し、『いただきます』『ごちそうさま』の意味を深く理解してほしい」。気仙沼の魚と学校給食を切り口に、地元産業の復興、そして全国の一次産業の底上げに意欲を燃やしている。

(取材・文/小畑智恵)