東北と世界をつないだ学びの場: 東京大学イノベーションサマープログラム

東大グローバル化の先陣

秋入学の検討やクォーター制の導入などグローバル化に向けて舵を切ったかのように見える東京大学。しかし内部の足並みや意識がそろっているとは言いがたいのが実情である中、まずは世界からも人が集まり東大生にとっても学びの場となる英語のサマープログラムを作り、先例を見せることで東大内の変化を加速させたいという思いで生まれたのが、8月1日から開催された東京大学イノベーションサマープログラム(TISP)である。参加したのは海外からの学生30名と東大生30名の計60名。10日間東大駒場キャンパスで講義を受けた後、岩手県の大槌町にフィールドワークに行くという全2週間の日程だった。

音頭をとったプログラムリーダーの東大工学部の堀井秀之教授は、イノベーションを生む力や問題解決能力を育むワークショップを中心とした教育を提供する東大i.schoolを立ち上げ運営するなど、これまでの知識伝達型講義を続けることに強い危機感を持ち、新しい教育方法を模索・実践する、数少ない教授の一人だ。堀井教授とは10年来の友人で、私が働くハーバードビジネススクールの核となる教授法である、具体例(ケース)に基づき議論をして学ぶというケースメソッドを、東大の教育にもっと浸透させていきたいという話を以前からしていた。

TISPではi.school形式のワークショップとケースによる講義を二つの柱としよう、ということで、丸4日分のケースのプログラムの開発・実施を私が担当することになった。そして東北復興をTISPの全体を貫くテーマの一つとして取り上げることにした。1年ほど前から、定期的に被災地を訪問・インタビューを行い、記事やケースを作成していた経験から、今復興の現場で起こっていることは、解くべき課題の難しさ、そこに集まる人材のおもしろさ、彼らが生み出していることの未来への可能性の大きさなど、世界に発信すべきものがたくさんつまっている、イノベーションの最前線だと強く感じていたからだ。

過去の実績なしの初めてのサマープログラム、しかも昨今世界から興味の低下が嘆かれる日本での開催である。海外から本当に学生が夏の盛りにわざわざ来ようと思うのか不安だったが、芸大の学生と粋な若いプログラマーたちが作ってくれたかっこいいウェブサイトのパワーもあり、東大が連携する海外大学への告知や個人レベルでの宣伝だけで、海外から840名もの応募が集まった。アジアにとどまらず、ハーバード、スタンフォード、オックスフォードなど欧米の名門校からも多数の応募があり、魅力的な内容を盛り込めば日本も東大も十分に人を呼べるということを驚きとともに実感しつつアメリカ・イギリス・中国・台湾・インドネシア・フィリピン・韓国からの30名を選抜。東大生は約3倍の倍率であった。

教育への想いでつながる有志チーム

これだけすばらしい学生が集まったとなれば、あとはいかによい学びの場を提供できるか、であり、それは英語でケースの講義などしたことのない自分一人では逆立ちしてもできないことだ。そこで、ケースメソッドのような多様性の中での議論や実践を通じた学びの重要性や、日本の教育に対する問題意識を共有する、「想い」の部分でつながることのできそうな人を直感で声がけし、時には偶然の出会いにも助けられ、最終的には5人のチームができた。

全員本業を持ちながらの完全ボランティアでの参画。それぞれの強みに合う形で自然と役割分担がなされ、すべて自主的に自分の持ち場の内容を作り込み、必要があれば助け合い、様々な形態の教材(英語ケース、字幕付き映像、音楽、フィールドトリップ、ゲストスピーカーなど)と綿密な授業プランを用意し、英語での講義・ファシリテーションを行った。今振り返っても、本来チームとはこうあるべき、を具現化したようなチームだったように思う。

ケースメソッド×東北

東北復興を扱った二日間では、震災後被災した故郷宮城県山元町の未来のために、最先端の技術と地元の園芸の知恵を組み合わせた大規模なグリーンハウスでのいちご農園GRAを立ち上げた起業家岩佐大輝さんのケースと、被害率は最も高いにも関わらず復興のスピードが最速と言われている自主の気風にあふれる宮城県女川町の復興のケースを用いた。後者は、何度か女川を訪問しインタビューを重ね、それをベースにTISP用に作成したものである。また、海外の学生はもちろん、東大生もほとんどが被災地には行ったことがない、というグループに対しての講義であることを考慮し、事前にチームで撮影した映像を編集し、活用した。さらには、GRAの岩佐さん、女川で地域通貨の導入を通じて経済と社会活動の促進に尽力した塩澤耕平さんもわざわざ駆けつけ、生の現場の声を聞かせてくださった。

ケースの議論を通じて、学生たちは山元町や女川町の状況への多面的な理解を深め、唯一の正解などない中で決断していくことの難しさを体感していた。例えば、女川町の実例を読み解き、ロールプレイを行うことで、町とは、企業とは違って一つの理念でまとまりようのない有機体であって、そこでどう復興していくかを考えるのは、こっちのグループを立てればあっちが立たずという数々の対立が起き、それでも前に進むためには決めて動かなければいけないという難しい問題であるということを実感した。

そして議論を経た後は、たった15分程度のグループディスカッションで、本質的でありつつも豊かな発想の提言を行い、運営側やゲストの岩佐さん、塩澤さんを驚かせた。あるグループは、“Strawberry Fields Forever”を山元町の復興ビジョンとし、いちごに関連する農業、加工業、サービス・観光業を育成するという発表を行った。しっかりした議論と、多国籍のチームでの議論だからこそ生まれる躍動感のある発想が組合わさった提言で、震災から2年半、ひたすら山元町の未来を考え続けてきた岩佐さんも思わずうなる。二日間で、彼らは、山元町と女川町という個別事例から、復興という複雑かつ長期的な課題についても、おそらく多くの日本人以上に、相当に深い理解を育んだと思う。

未来へ

大槌町でのフィールドワークを終えて東京に戻り、その後観光をしていたオランダの学生にたまたま街で再会した。旅好きの彼女はこれまで世界の様々な場所に一人で出かけてきたが、TISPのような形でその国を学ぶというのはすごくよかった、と語った。

「ただの旅人ではどれだけ滞在しても絶対に行けないところに行き、会えない人に会い、たった2週間なのに日本のことをより深く学ぶことができた。しかも参加学生がすばらしくて。みんなで、今後も定期的に世界のいろいろな都市で、自分たちで今回のようなプログラムを開催して集まってネットワークを大切にしていこうと言っているの。」

彼女の言葉を聞いて、やってよかったと心から思った。そしてこれからもこうした試みを続け広げていくことで、少しずつだけれど、日本が、世界が変わる、そう確信した。また東北についても、費やした時間とエネルギーは半端なかったものの、メディアの情報をただ発信・受信するだけでは絶対に到達し得ない、世界と東北が頭と心でつながる場を創れたように感じており、それは何にも代え難い未来への宝物だと思っている。あの授業に参加した海外からの学生にとっても、東大生にとっても、そして東北でがんばる方々にとっても。