[寄稿]真のソーシャルベンチャー誕生に向けて 塩釜で拡大する配食事業「愛さんさん宅食」

愛さんさん宅食・代表取締役の小尾勝吉氏

愛さんさん宅食・代表取締役の小尾勝吉氏

 被災地では産業の復興に向け、起業家の育成や創業支援のさまざまな取り組みが行われている。昨年度の内閣府の地域社会雇用創出事業では、各社へ上限300万円の支援を行い、600人の起業家が生まれた。こうした取り組みが実を結ぶ一方、「事業が立ち上がらずキャッシュを使い果たし、次の支援金頼みになってしまう経営者も少なく無い」(東北で創業支援を行う一般財団法人MAKOTO代表・竹井氏)。ソーシャルコンシューマーと呼ばれる慈善的・支援的目的で被災地の商品を購入する顧客層によりビジネスの初期段階が支えられる事はあるが、商品力や差別化が無ければ持続的に成長することは難しい。

明確な市場分析と差別化戦略

 ビジネスとして軌道に乗り始めた事例もある。宮城県塩釜市で今年3月に創業した高齢者向け配食事業、愛さんさん宅食。代表取締役の小尾勝吉氏は、元来社長志向で、東京でベンチャー企業の立ち上げ経験もあった。要介護になり最期は食事の楽しさ、喜びを味わえずに亡くなった自身の母に親孝行をしきれなかったという思いから、「家族愛・親孝行」を経営理念に掲げ、震災後についに社長として事業を立ち上げた。

 小尾氏は思いだけでなくビジネス面での分析と戦略立案も明確だ。被災地は他地域に比べ、要介護者の増加率と介護従事者の求人倍率が共に2倍。要介護者向けの手厚い食事対応サービスは、法改正による生活介助の時間短縮により通常介護の食事のサポート時間が削られることを予想した上での戦略だ。顧客それぞれの食事制限に合せたメニューを用意するために、東北最大の介護食工場との提携も取りつけた。研修を受けた専門スタッフが、食事だけでなく安否確認、服薬チェック含めたさまざまなサポートを行う事で差別化を図り、さらに宅配スタッフには被災地のシニア層を活用し、調理部門では障害者の訓練施設を兼ねることでコスト構造の変化も狙っている。

 事業開始後3カ月が経過し、市や病院、介護事務所とのネットワークを構築したことで現在1日35食を配るまでに成長。まず塩釜で成功モデルを確立した後、他地域に横展開することで事業拡大を図る。

事業会社との資本提携も成長のカギに

塩釜市で3月にオープンした店舗の外観

塩釜市で3月にオープンした店舗の外観

 こうした被災地で必要とされる社会的事業は、多くの場合急成長しづらく、経営者もそれを求めていないケースも多い。だが、課題解決の加速には増資による資金調達を活用した事業拡大も必要であろう。急成長企業への投資を生業とし、ファンド期限もあるベンチャーキャピタルからは調達が難しいと考えると、事業会社からの出資を受け、その支援のもとで競合や市場の変化に対応していく事も社会的事業の成功の鍵になりそうだ。

 社会人向け教育事業を手掛けるグロービス経営大学院で東北ソーシャルベンチャープログラムの講師を務める山中礼二氏によれば、ソーシャルベンチャーの定義は、「社会的ミッションを達成しつつ、急成長をすること」。経営者、市場性、商品力、差別化。所謂成長志向の通常のベンチャー企業にも求められる軸を持ち急成長する真のソーシャルベンチャーの登場が期待される。

文/倉林陽 セールスフォース・ドットコム 日本投資責任者

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