岩手県陸前高田市 高齢者の生きがいづくりを考える【前編】

参加・交流を生み出す「はまらっせん農園」プロジェクト

プロジェクトを推進する岩手県立高田病院の高橋祥さんと農園参加者

 仮設住宅での生活が長期化し、居住高齢者の孤立や健康問題が懸念されている。高齢者を支えるさまざまな取組みが行われる中、農作業を通じた心身のケアを行う取組みには国の予算がつき、各地で展開されている。
中でも多くの参加者を巻き込むと同時に、積極的な情報発信を行いながら交流を促進している好事例が、岩手県陸前高田市で行われている「はまらっせん農場」。成功のポイントを取材した。

何もしないというマネジメント

頼もしい学生ボランティアとの交流も

 岩手県陸前高田市で拡大している、仮設入居者による農園活用プロジェクト「はまらっせん農場」。当プロジェクトを立ち上げたのは、県立高田病院の医師・高橋祥さん(40歳)。仮設住宅での生活が長期化する中で、農作業をやりたいと感じている患者が多いことに着目。ADL(食事や排泄、移動、入浴などの日常生活動作)の低下を留めるための施策として、昨年5月末に病院に企画書を提出、行政補助も受けず予算ほぼゼロでプロジェクトを開始した。
 個別に各仮設団地の自治会長をまわっての農作業のニーズを探り、希望のところでは病院が仮設住宅近隣の休耕地を探し出し、地主との交渉を実施。耕作の後に住民に引き渡した。希望市内53箇所の仮設住宅のうち、現在11箇所で農園が運営されている。

外部からのボランティアが来ることもしばしば。

 参加を促す工夫は「やりたいという気持ちを大切にすること」と高橋さんは言う。5月末の動きだしから1ヶ月後にはいくつかの農園がスタートしていたというスピード感にその考えが表れている。「あとはとにかく申し訳ないくらい、何もしてません」と笑う高橋さん。自立を促すために種・苗・農機具などの提供も基本しておらず、農場の運営ルール等も完全に現地にゆだねる。参加を希望しない人がいても残念がったり説得したりせずに、やる気のある人が自由にできればよいと考える。
 もう1つ挙げるとするならば、高橋さんが足繁く農場に通っていることだろう。毎週週末や平日も時間のある時は農場へ足を運び農場参加者と会話を楽しんでいる。佐野仮設団地の三島ひとみさん(74歳)「先生はいつもニコニコしながら来てくれる」と嬉しそうに話してくれたが、こうしたコミュニケーションの価値は大きいだろう。

骨密度に変化 健康効果も

 医師である高橋さんがプロジェクトを牽引していることは、当プロジェクトの大きな特徴だ。農園参加の効果を、アンケートや骨密度調査から分析している。アンケート結果では、生活の充実感や自己実現意欲、生きる意欲などの項目において大きく改善が見られた。また骨密度も農園参加者において半年弱で8・4%の向上となり、サンプル数は少ないながらも「良すぎる結果」となったと言う。

作業中にメディアの取材を受けるとテンションが上がる

 参加者の一人からはこんな声も聞かれた。「みんなで競争だと言って毎日楽しんでいます。震災直後は外に出たくもなかったけれど、今はもう、はまってしまいました」。精神面での変化は農作業だけでなく散歩や食の変化などにつながり、結果的に骨密度の向上につながっているのだろうと高橋さんは話す。直接の因果は不明だが、診療の現場でも、抗うつ剤の摂取を止めた農園参加者もいるとのことだ。

交流生み出す積極的な情報発信

東京・丸の内で行った青空市場では持ち込んだ野菜が完売に

 高橋さんはこのプロジェクトについて「交流」の重要性を話す。「昨年までは家の外に出てこない人をどうにか引っ張り出したいと考えていましたが、どうしても難しい。逆にやりがいや役割があれば自発的に出てくる」。それをつくるのが、人に知ってもらうことや人と話すこと、つまり交流だと言う。
 はまらっせん農場はこれまでに多くのメディアで取り上げられ、それが多くの外部ボランティアや学生の来園などにつながってきている。このベースとなっているのは、Facebook上で定期的に行っている情報発信だろう。日々の農園の状況や、外部との交流風景、メディア掲載情報や行政からの関連書類まで、丁寧に近況が報告されている。昨年11月には、東京・丸の内の青空市場に出店して育てた野菜の販売を行ったが、その準備から当日の様子も実況中継されている。Facebookの各ポストはしばしば100を超える「いいね!」を獲得するなど盛り上がりを見せている。

タブレット使用で交流促進

 今年、プロジェクトはさらなる一歩を踏み出す。市の補助金を活用し、参加者にタブレット端末を配布するのだ。「きっかけは、参加者が他の農園の状況に強い興味を示していたこと。またFacebook上のいいね!やコメントなどの外部の反応も直接感じてもらいたい」と高橋さん。
 参加者はタブレットを通じて外部や他の仮設団地の情報を閲覧できるほか、農園の写真を撮り自ら発信をすることができる。今までは団地内でのコミュニケーションが主だったが、より広いエリアでの交流を促し、更に活動意欲を向上させることが狙いだ。ソフトは「葉っぱビジネス」で有名な徳島県上勝町で使われたものをベースに手を加える。早ければ8月から利用を開始する予定だ。「高齢者に扱えるのか不安はあるが、だからこそ試す価値がある」と意気込みを語ってくれた。
 住民の自主性を引き出しながら参加を促進、積極的な情報発信で外部との交流を促しつつ、プロジェクト効果を定量的に分析。さらに未来へ向けて新たな施策を展開する。被災地の多くのプロジェクトが見習いたいノウハウのつまっていると同時に、地域コミュニティの重要プレイヤーである医療機関を軸とした施策という観点では、高齢社会におけるモデル的要素も持った好事例と言えるだろう。