各地で続々オープンする復興食堂・商店街の課題とは

住民のリピート率向上と県外客への目玉づくりが鍵に

 「地元の人々に美味しい食事を届けよう」。「県外からの客を呼び込んで地元経済を活性化させよう」。被災地域各地で新たな食堂・屋台村・商店街のオープンが続いている。集客の秘訣と今後の課題はなにか。

フットワーク軽く準備

おらが大槌復興食堂

震災の資料コーナーも併設され、 広々した敷地の「おらが大槌復興食堂」。

 岩手県大槌町で昨年11月11日(いい鮭の日)に開店したのは、「おらが大槌復興食堂」。地元の有志で立ち上げた一般社団法人・おらが大槌夢広場が、緊急雇用創出事業の枠組みで被災者をスタッフとして13名採用し実現した。土地探しから建設、保健所の申請に食材の調達などさまざまな準備がある中、話が決まってから約1週間で開店にこぎつけたという。それを可能にしたのは異業種連携。メンバー内にいた元営業マンから土木工、電気屋、漁業関係者など、あらゆるプロが得意分野で一斉に、協力しながら動いた。1つでも外部業者に発注していたら間に合わなかったという。

ファンを増やす工夫

 イクラ、サケ、メカブを乗せた「おらが丼」特別価格500円(現在は800円)を目玉に、メニューは4種類でスタート。各地からの取材も相次ぎ、11月の売り上げは100万円を超えたという。最近加えた新メニューは2つ、「がっつら丼」と名づけた豚丼と、野菜たっぷりの「ぜーごカレー」各500円。がっつらは地元の言葉ですごく・たくさんを表し、ぜーごは田舎を表す。地元からの愛着と、県外の人からの好奇心を喚起したいねらいだ。また夜の部として串揚げ屋をプレオープン。酒も提供するとあって昼間とは違う若い層の集う場になりつつあるという。食堂の店長を務める岩間美和さんは「地元のリピーターが増えるように、値段が手頃なものや日替わりの定食も考えたい」と、営業担当の小川淳也さんは「たとえばおらが丼を県外のレストランとコラボして提供する、冷凍やチルドの商品を開発して販売するなど、県外の人にもっと関心を持ってもらう施策にも挑戦をしたい」と、今後への意欲を話す。

大きな施設なりの苦労

復興屋台村 気仙沼横丁

11月にオープンした「復興屋台村 気仙沼横町」。 提灯が訪れた人の気持ちを盛り上げる。

 同じく11月、宮城県気仙沼町に堂々22軒のテナントを擁しオープンしたのは「復興 屋台村 気仙沼横丁」。立ち上げに奔走した事務局長の小野寺雄志さんは当時を振り返り「あと2ヶ月は早く開店できたはず」と話す。市役所の担当者と協力して中小企業整備基盤機構へ建設許可を申請していたのだが、同事例のノウハウが無いためか質問への回答が滞るなどの時間的ロスがあったという。

 完成した各テナントは、カウンターやシンクなど最低限の設備を整えた上で引渡し、のれんやその他必要な物は各店舗で準備した。使用料は飲食店が月額4万5000円、物販店が3万5000円。現在の客層は全体では地元と県外で半々だが、中にはほぼ常連客という店もあるという。

村としての連帯と集客を

 今後の課題は、各商店の売り上げを追求したうえでの「村」としての連帯。現在、全体ミーティングを毎週開くほか、定期的にイベントを行い宣伝と集客に力を入れている。12月に行ったクリスマスツリー点灯のイベントは、ユニセフの主催でプロのデザイナーや美大生2000人が協力したプロジェクトの一環。東京や仙台計7箇所に続き最後の設置会場となった屋台村には多くの取材陣が訪れた。

売り上げ施策への可能性

 今後も続々とオープンする被災地の商店街や屋台村。土地や設備を整え、ビジネスが始動してからが本当の勝負なのかもしれない。すでに営業してきた施設の中には客が来ない、売れないという問題を抱える所もある。どれだけ地元住民のファンを増やしリピート率を上げていくか、目玉商品や画期的なイベントを企画しどれだけ県外に効果的に宣伝できるかに工夫が求められる。マーケティング、商品企画、宣伝、ウェブ制作等の分野は、皆の知恵の出し合いとノウハウある人々からの支援によって、まだまだ大きな可能性がありそうだ。

2件のコメント

  1. 713R 返信

    宮城県北部を中心に何箇所か仮設の商店街を回っています。
    雄勝や牡鹿の仮設商店街は休日にも関わらず人気も無く、寂しいものです。店の人が奥に引きこもったまま出てこない店もあります。
    思うに、「ハコモノをとりあえず作ろう」にこだわりすぎて、その後のビジョンが何も無かったのではないかと。
    「まずお客さんを呼ぼう。活気を盛り上げよう」
    という事であれば、テントでの営業だって良かったはずですが、現実にはそれを飛び越して
    「形だけ整えました」
    になってます。
    12月10日の雄勝の仮設なんか寂しかったですよ。
    夕方の客の一人もいない仮設商店街の前で、数人の外国人ボランティアだけがにぎやかにクリスマスツリーの準備してて、正直寒々しくて近寄りがたい雰囲気です。

    それと、仮設商店街があっても、
    「被災地のど真ん中に作ったので、残った家からも仮設住宅からも遠い」
    「主要道路から外れた町の、国道からさらに外れた所にあり、案内看板の一つも無いので、存在自体気づかれない」
    という現状を、どう思っているのでしょうか。

    結局、復興という局面においてもソフトを全く重視せず
    「ハコモノがあれば何とかなる」
    という思考に陥っているように思えてなりません。

    結論としては、何か立ち上げる人材はいても、
    「コンサルティング」
    が不在なんじゃないですか?
    もしくは、そうした必要性を感じる人材の不足というべきか。

    1. admin 返信

      713R様、

      ご返信遅くなり申し訳ありません。

      記事でも少しはふれましたが、ご指摘の通り課題は多く、
      ハコづくりだけでなくコンサルを含めたソフト面での活動、
      それに対する支援が必要になってくると思います。

      また貴重なご意見、ありがとうございます。

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