大船渡をワイナリーの町に!

main_image株式会社スリーピークス
ぶどう畑とりんご園を所有し、ワインやシードルなどの酒類の販売を中心に、りんごの加工商品の開発・販売を行う。2013年からスリーピークスワイナリーとして活動。2016年3月に株式会社を設立した。(写真右:代表の及川武宏さん/左:及川和子さん)

子どものころに食べていたりんごの木を残したかった

茜、陸奥(むつ)、さんさ、世界一……。これらが何を意味するか分かりますか?
実は、すべてりんごの品種なんです。

株式会社スリーピークス 代表取締役 及川武宏さん

株式会社スリーピークス 代表取締役 及川武宏さん

初めて聞くりんごの品種について紹介してくれたのは、株式会社スリーピークス代表の及川武宏さん。陸前高田市にあるこちらのりんご園は、知人が経営から手を引こうとしていたところを及川さんが引き継ぎました。

「子どものころからここの直売所でりんごを買っていたんですよ。陸前高田の中でも米崎地域のりんごは『米崎りんご』といって、岩手県で最も古い120年の歴史を持っています。りんご園をやめるとなると、せっかく育ててきたりんごの木も切らなきゃいけない。もともと僕はワイナリーを始めようと考えていたんですが、ぶどうは収穫するまでに3年かかります。その間にりんごを使ってシードルやりんごジュースを作れるのではと思い、この場所を引き継ぐことにしました」

樹齢およそ100年の「茜」の木。表面のざらざらした部分が“さび”と呼ばれるもの。

樹齢およそ100年の「茜」の木。表面のざらざらした部分が“さび”と呼ばれるもの。

老木にできるうまいりんごからシードルやジュースを作る

「この木は『茜(あかね)』という品種で、樹齢は100年くらいです。りんごの実に稲妻のような線が入っているのが分かりますか。これは“さび”といって、老木の特徴なんです。“さび”が出ている茜はうまいですよ」

1ヘクタールの畑には、なんと20種類以上の品種が植えられているそう。決まった品種のりんごを量産しているわけではないので、スリーピークスのりんご畑は、ほとんど1本1本が違うりんごの木でした。

りんご畑の広さは1ヘクタール。本来、この広さがあれば現状の4~5倍のりんごの木を植えることができるそうです。1本1本の間隔をゆったりとって育てています。

りんご畑の広さは1ヘクタール。本来、この広さがあれば現状の4~5倍のりんごの木を植えることができるそうです。1本1本の間隔をゆったりとって育てています。

特徴的なのが、すべて樹齢30年以上の老木であること。手入れする手間はかかりますが、甘くて「濃い」りんごが育つのだとか。品種によって大きさや味、食感も異なるそうで、りんごにそんなにたくさんの種類があるとは知らず驚いてしまいました。

ワイナリーを通じて、子どもたちに世界の広さに触れてほしい

及川さんは、陸前高田市のお隣、大船渡市の出身。子どものころは、早く地元を離れて都会に出たいと思っていたそう。学生時代に起業を考えたとき、「どうせやるなら自分の地元のためになることがいいな」とは思ったものの、自分自身が大船渡に帰ってくるつもりはなかったといいます。

社名の「スリーピークス」は、三陸の「三」を意味する「Three」と及川さんがニュージーランドで宿泊したホテル「Peak Backpackers」の「Peak」を組み合わせたもの。

社名の「スリーピークス」は、三陸の「三」を意味する「Three」と及川さんがニュージーランドで宿泊したホテル「Peak Backpackers」の「Peak」を組み合わせたもの。

外の世界への興味は、やがて東京から海外へ。大学卒業後、ワーキングホリデーで訪れたニュージーランドでの経験がターニングポイントとなりました。及川さんが見たのは、点在するワイナリー巡りを目的に、たくさんの観光客・旅行者が小さな田舎町を訪れる様子でした。町は外からやってきた人々でにぎわい、自然と国際交流が生まれていく。大都会でなくても、この町の子どもたちは広い世界に触れることができるのです。その様子を昔の自分の状況と重ねて、少しうらやましく思ったのかもしれません。

「僕は、教育を変えたいんです。ニュージーランドで見たような環境を大船渡に作って、子どもたちに早いうちから広い世界に触れてほしい。ワイナリーの構想は、その環境をつくるための手段です」

こうして、生まれ育った町にワイナリーをつくる計画が始まりました。

沿岸部をワイナリー地帯として観光地に!

岩手県や宮城県の沿岸には、ワインづくりに取り組む個人や団体が点在しています。それでも、「ワイン文化が根付いている」とはまだまだ言い難い状況。個々人がいいワインをつくることも素晴らしいけれど、ワイナリー地帯として観光地化していくことが、及川さんの目標です。

お話を伺った及川ご夫妻。りんご園にベンチを運んで、わが子のようなりんごたちに囲まれてのインタビューでした。

お話を伺った及川ご夫妻。りんご園にベンチを運んで、わが子のようなりんごたちに囲まれてのインタビューでした。

「そのためには、僕だけの力では不十分。だからみんなに立ち上がってほしいんです。大船渡は食べ物もおいしいし、景色もいい。そこでもう一つ、何か大船渡を訪れる理由がほしい。それが『ワイン』です。でも、僕がワイナリーをがんばって立ち上げただけではこの目標は叶わないので」

東北のリアス式海岸沿いに点在するワイナリーを、観光客や海外からの旅行者が訪れ、巡っていく。町の特産物を食し、地元の人々と交流し、暮らすように滞在するその時間は、きっと両者にとって豊かなものになることでしょう。

そのビジョンを、及川さんは「交流人口の多い町」と表現します。町の人々とビジョンを共有するためにも、「まずは自分のワイナリーをしっかり経営し、その姿を見てもらうことが大事」と気を引き締めていました。

新築の自宅を手放した代わりに得られたもの

同じビジョンを共有し、及川さんを支えているのが妻の和子さんです。ワイナリーの構想を固めた及川さんは、2014年に埼玉県の自宅を手放し、家族四人で大船渡に帰郷しました。なんと、新築の一戸建てを購入してまだ2年しか経っていなかったとか……。和子さんはどんな気持ちだったのでしょうか。

「引っ越したのは、子どもが幼稚園に入ったばかりのころでした。事前にじっくり相談できるほど時間もなくて、だから、もめる時間もなかったです(笑)。急なことで驚きましたけど、彼が『きっと面白いよ』と言うので、『じゃあ、面白いって思うしかないか』と。今、ぶどう畑やりんご園の運営は祖父母と一緒に行っているので、親子三代で過ごせる時間が増えてとてもうれしいですね」(和子さん)

仕事中も家族みんなが一緒にいられる時間になりました。

仕事中も家族みんなが一緒にいられる時間になりました。

「同じ場所にずっと留まるという発想がないんですね。大船渡にワイン文化が根付いて、目指している環境が整うのなら、その中心に自分がいなくてもまったく構わないんです」(及川さん)

大船渡に帰ってきて早2年。ワイナリーを立ち上げたいという人も増えてきて、状況は変わってきているといいます。

帰郷する際、及川さんは構想を形にするまで「15年は大船渡でがんばらないと」と思っていたそうですが、案外、及川さんが次の場所へと動く日は、もう少し早くやってくるかもしれません。

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岩手県大船渡市盛町字沢川16−24
URL:http://3peaks.jp/