子どもの「生きづらさ」を包摂する地域社会とは

福島で子ども支援の輪を広げるビーンズふくしまの挑戦

東京電力福島第一原子力発電所の事故から5年経った2016年4月現在、避難生活を送る子どもは福島県内外で2万人を超える。1999年9月の設立から17年以上にわたって福島の子どもたちの育ちと学びを支援してきたNPO法人ビーンズふくしま(福島市)は、震災から半年後に「うつくしまふくしま子ども未来応援プロジェクト」を立ち上げ、仮設住宅等で避難生活を送る子どもたち延べ250人以上の学習支援を続けている。福島の子どもたちを地域で支えるには、どのようなことが必要なのだろうか。ビーンズふくしま代表の若月ちよさんと、プロジェクトの立ち上げ当初から学習支援の現場で働く中野史高さんに、子どもが安心して学べる居場所づくりについて聞いた。

4か所の仮設住宅で、5年間に1万人超と関わりを持つ

仮設住宅で暮らすほとんどの子どもたちは、バスを使って遠くの小学校に通学している。仮設住宅には同年代の子どもが少なく、子ども同士のつながりができにくい環境にあるため、帰宅後は一人室内でゲームをして過ごす子どもも多かった。

ビーンズふくしまが仮設住宅等に住む子どもたちを対象に取り組む「うつくしまふくしま子ども未来応援プロジェクト」は、県北地域では福島市と二本松市にある4か所の仮設住宅で、主に浪江町から避難している子どもたちを中心に、学校の宿題を教えるなどの学習支援を行っている。当初は避難生活を送る子どもの学習上の不安を解消するために立ち上げた事業ではあったが、中野さんは「プロジェクトの意義は単純な学習支援そのものだけではない」と語る。子どもたちは他愛ない会話や鬼ごっこなどの日常的な遊びを通して、互いの交流を深めている。地域の中で、子どもが安心して学んだり、遊んだりできる居場所を作りたい。それが中野さんの願いだ。

「うつくしまふくしま未来応援プロジェクト」に取り組む中野さん。「子どもたちと過ごす時間が楽しいです」と笑顔で語る。

「うつくしまふくしま未来応援プロジェクト」に取り組む中野さん。「子どもたちと過ごす時間が楽しいです」と笑顔で語る。

5年間の活動の中で、学習支援や餅つきなどの週末イベントに参加した人数は、大人と子どもを合わせて延べ1万人以上にのぼる。高校入学とともにプロジェクトを卒業していった子どももときどき顔を出し、スタッフや子どもたちと同じ時間を過ごす。また卒業後、自らボランティア活動を始めた子どももいる。中野さんは「子どもたちが自分の力で成長してくれている」とプロジェクトの効果に手応えを感じている。現在活動しているのは、3名の常勤スタッフのほか、アルバイトとボランティアスタッフを合わせて13名。保育士や教職を志す学生スタッフ、元教員の社会人スタッフまで年齢層も幅広い。都内から1年間ボランティアで手伝いにきたスタッフもおり、そんな熱い思いに応えるためにスタッフ用の居住スペースも2部屋用意した。

今後は、保護者からの要望も受け、復興公営住宅での活動や仮設住宅を出て生活する子どもの支援活動も加えていく予定だ。活動内容が新たに加わるなど細分化されるため、「被災者支援ではないのではないか」という意見が出てくることも予想される。だが、そもそも震災によって顕在化した子どもを巡る問題の多くは、被災地に限らず全国に共通する課題であると発信し続ける覚悟だ。被災地の福島を発信源に、全ての子どもたちが生きやすくなる支援プロジェクトに育てていきたいという。そのためには、現存する支援機関や様々な団体と「横のつながり」をより強くしていくことが重要になると考えている。

不登校は再出発のチャンス

ビーンズふくしまの原型となる「フリースクールビーンズふくしま」が発足したのは、1999年のこと。当初は不登校児童の母という当事者の立場で運営に参加していた若月さんは、2年後に理事長に就任した。資金難など課題はあったものの「子どもや若者が自ら望む姿でつながれる社会をつくること」を志し、多面的な活動を広げてきた。

ビーンズふくしまの代表・若月さん。子どもたちを地域みんなで育てて、社会につないでいく。

ビーンズふくしまの代表・若月さん。子どもたちを地域みんなで育てて、社会につないでいく。

「不登校になった子どもにとって最も大切なのは、まずは家庭の中で安心して休めること」と若月さんは語る。不登校になったばかりで子どもが疲弊している時期に、親が焦って無理にアクションを起こそうとすると、子どもはさらに疲れてしまう。さらに、いざ子どもが動き出そうとするタイミングで、今度は親が疲れてしまう。見守ることとは、放置することではない。子どもを十分に休ませながら、動き出したいと思ったときにNPOなどの適切な機関とつながれるように準備しておくことが必要だという。親が焦らず子どもを見守り続けることができるように、ビーンズふくしまは定期的に親の会を開き、それぞれの体験を共有する機会を作っている。

子どもの能力が発揮できる場は、学校だけとは限らない。フリースクールや地域の中で自分の能力を発揮して認めてもらえる体験ができれば、「失敗しても大丈夫」という安心が生まれる。不登校にはならなくても、失敗への過剰な不安から社会に出られない若者が増加しているといわれる中、若月さんは「不登校はむしろチャンスだ」と強調する。

包括的な子ども支援を目指して

これまでの活動を踏まえ、ビーンズふくしまは、福島市内に2015年から多世代交流型子育て支援コミュニティハウス「みんなの家」を開いている。当初は避難先から帰還した家族のための取り組みだったが、芋煮会やハロウィンパーティーなどのイベントのほか、伝統芸能などについて学ぶ「大人の部活」を開くなど、地域住民を積極的に招く機会を設けたりしている。これらが功を奏し、今では多様な世代の人々が集い、地域全体で子どもを育てるための活動拠点になっている。

子どもたちが自立して社会という大きな海に出るまでを図示

子どもたちが自立して社会という大きな海に出るまでを図示。

今後もフリースクール事業をメインにしながら、地域住民や学校、教育委員会などの関係機関とも連携を強め、すべての子どもが支援の隙間からこぼれ落ちないように面的な活動を広げていくつもりだ。その一環として、近年6人に1人が貧困状態にあると言われ、社会課題になっている子どもの貧困問題にも取り組む。各家庭を訪問するアウトリーチでの支援だけではなく、地域に支援の拠点を作り、どんな家庭環境にあっても子どもたちが気兼ねなく学び、遊びに集中できる居場所づくりを目指す。

福島の子どもたちは、震災と原発事故によって、深刻な心理的ストレスにさらされている。彼らを地域全体で支え、社会の中で生き抜いていく力を育てるビーンズふくしまの取り組みは、福島に限らずすべての子どもや若者が抱える「生きづらさ」の課題を解決するための重要な手がかりになると言えるだろう。

文/服部美咲