「在宅被災者」の現実に向き合う

[弁護士が見た復興]

震災直後の被災者支援、復興計画における政策決定、事業者や生活者の再建支援など、復興の現場では様々な場面で弁護士が関わっています。現地での支援や後方支援に当たった法律の専門家から見た復興と法律に関するコラムを、現役弁護士がリレー形式で書き下ろします。
今回の執筆者は、阪神淡路大震災の後、1年生弁護士として神戸で復興支援を行った経験を持ち、東日本大震災では災害復興支援委員会副委員長として支援を行った津久井進弁護士です。

一人ひとりの目線

一人ひとりが大事にされていない!・・・つくづくそう感じます。
4年半が過ぎて今なお復興が進まない被災地の現実を目の当たりにすると、もどかしさがとめどなく湧き上がって止まりません。その原因がどこにあるのか、考えをめぐらすと、結局、一人ひとりの人間が大事にされていないというところに行き着きます。
弁護士は、一人ひとりの悩みに向き合い、一人ひとりの依頼に応えることが生業(なりわい)。為政者のように、顔の見えない“ヒサイシャ”全体を冷ややかに観察するのとは異なります。生の人間である一人ひとりの被災者の目線に立って、その現実をつぶさに認識し、問題の核心に迫るところから仕事が始まります。
だからこそ、この国の復興施策には一人ひとりを大事にしようとする思いが決定的に欠けていることが不条理に映り、また、それを克服できない現状をもどかしく思うのです。

石巻市の現実

写真1

写真1

写真2

写真2

そんな私も、4年経ってはじめて知る被災者の現実がありました。
石巻市には「一般社団法人チーム王冠」という市民ボランティア団体があります。代表の伊藤健哉さんから昨年(2014年)11月末に1通のメールが私のもとに届きました。「私たちは東日本大震災後、支援活動を始めた素人です」と書き出されたメッセージには、何枚もの信じられない情景の写真が添付されていました。

写真1、2は、石巻市北上地区の高齢者の独居男性の家屋を写したものです。家の中も荒れ果てたまま。驚くべきことは、被災直後の写真ではなく、震災から3年8か月過ぎた時点における有様だということです。そこで今も老人は一人で暮らしているのです。

写真3

写真3

写真3は、石巻市大街道南の老々夫婦の世帯です。震災直後に宮城県の防災道路の計画が持ち上がったため、修理を躊躇して現在に至っていますが、3年経っても計画が進まず、今なおこの状態のまま暮らしているというのです。

写真4

写真4

写真5

写真5

写真4、5の世帯は、60代女性と障害者の娘、震災で失業した弟の3人家族です。一見すると全壊にしか見えませんが、津波基準のため大規模半壊にとどまり、今でも雨漏りがひどく5部屋のうち2部屋しか使えないというのです。

チーム王冠は、被災直後からずっとこれまで,行政等による被災者支援から漏れ落ちた人々に対する支援を続けてきました。
「漏れ落ちた」とはどういうことでしょう。
たとえば、(1)弁当は避難所にいる人にしか届かない、(2)自宅の修理制度を使うと仮設住宅には入れない、(3)一度仮設住宅を出ると二度と戻れない、(4)仮設住宅にいる人にしか支援物資も届かない、(5)そもそも支援制度を知らない人はそれを使うこともない。どれもこれも被災地で本当に起きている事態です。机上で想定した単線型の制度のレールから外れると、あらゆる支援の枠外になってしまうのです。仮設住宅にいる被災者との格差を比較すると、それは一目瞭然。

在宅被災世帯と仮設世帯との支援格差 ※クリックで拡大

在宅被災世帯と仮設世帯との支援格差 ※クリックで拡大

こうした「制度のすきま」から漏れ落ちた人々は、どんな災害でも必ず存在します。だからこそ、そこに光を当てて何とかすることが在野法曹たる弁護士の役割だったはずです。
ところが、私は、チーム王冠の伊藤さんらの貴重な活動も、また、石巻市の現状も不明にして知りませんでした。
震災から間もなく5年。今こそ弁護士たちに頑張ってもらわなければならない!そういう訴えを突き付けられたような気がしました。

在宅被災者とは

何らかの事情で避難所や仮設住宅に行かず自宅で困難な生活を続けている被災者たちは、これまで「在宅避難者」、「自宅避難者」、「2階生活者」、「ブルーシート族」などと呼ばれていました。この問題を詳しくルポタージュした岡田広行氏の『被災弱者』(岩波新書)では、「在宅被災者」と定義しています。
在宅被災者には、これまで私もあちこちの被災地でお会いしました。
支援が行き届かないことが問題視され、私たちも改正を呼び掛け、2013年6月の災害対策基本法の大改正で、以下のような条文も新設されました。

(避難所以外の場所に滞在する被災者についての配慮)
第86条の7 災害応急対策責任者は、やむを得ない理由により避難所に滞在することができない被災者に対しても、必要な生活関連物資の配布、保健医療サービスの提供、情報の提供その他これらの者の生活環境の整備に必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

この改正を契機に、在宅被災者にも一定の支援の手が届くと思い込んでいました。しかし、現実はそうではありませんでした。とりわけ、人口が多く大規模な被災を受けた石巻市には、特に在宅被災者の問題が深刻化していました。
チーム王冠は2014年10月~11月に石巻市内に在宅被災者の家屋修繕状況を調査しました。調査は、1100世帯以上に訪問して行われ、538件の有効回答が得られ、半数は修理未完成の状態。修理できない理由の半数は金銭的理由とのことで、支援制度の不足であることは明らかでした。そして在宅被災者の圧倒的多数が高齢者世帯でした。
在宅被災者は4年半にわたり、放置され続けていたのでした。

3年前、在宅被災者は少なくとも1万2000人は存在しました。今、もし本格的な悉皆調査を行えば、在宅被災者の数は数千世帯にのぼると思われます。
なぜ声を上げないのか?と思う人もいるでしょう。だが、伊藤さんからのメールには、「被災者の心情としては、被災した家屋を直せないのは『恥ずかしい』のです」とありました。それが、一人ひとりの被災者の素朴な生の声なのです。
本当の意味で在宅被災者の目線に立って、支援の仕組みを建て直す必要がある、そう思いました。

一人ひとりが大事にされる災害復興法をつくる会

写真6

写真6

私は、2015年5月、仲間と呼び掛け合って、「一人ひとりが大事にされる災害復興法をつくる会」という任意団体を立ち上げました。
文字どおり、「一人ひとりを大事にする」ことを目標に、制度改善を求めていくことを目的とし、誰もが一人ひとりで参加できる形にしました。この会のことは、あらためてお話しすることにしたいと思います。
私は、この会の代表としてチーム王冠のアテンドを受け、在宅被災者のお家を7軒ほど訪問し、その実態を目の当たりにしました

共同代表の新里宏二弁護士も8月に石巻に足を運び在宅被災者宅を訪問しました。新里は、ある独居老人の家で、居間に置いてあるオマルにつまづき、トイレさえも補修できずに暮らしている惨状に気づいて深いショックを受けていました。
一人ひとりの会では、2015年8月28日に衆議院議員会館で院内集会を開催し、国会議員や復興庁の参事官などの出席も得て、次の動きに期待できる意見交換を行うこともできました。

私たちの目指すところは、今、目の前で無言のままで困難な生活を強いられている一人ひとりの在宅被災者が救われることです。
具体的な施策として、在宅被災者を支援する支援協議会(あるいは公的なセンターまたは民間の受託機関)を立ち上げることを考えています。
ポイントは、在宅被災者の抱えている問題は、一人ひとり違うということです。問題解決のためには、一人ひとりの問題状況を把握し、計画を立て、それに応じた様々な社会リソースを組み合わせ(弁護士もそのうちの一つとなる!)、その支援を実行していく必要があります。
私たちは、その仕組みを「災害ケースマネージメント」と名付け、実現していくつもりです。

文/津久井進 弁護士法人芦屋西宮市民法律事務所代表,阪神・淡路まちづくり支援機構事務局長