地域と若者が共働して描く「未来の小名浜」

Studio X Tokyo DIGITAL STUDIO「小名浜ミライカイギ」イベントレポート

8月22日(土)に福島県いわき市小名浜にて、「小名浜ミライカイギ」が開催された。建築を学ぶ大学生7名が、約1週間小名浜に滞在して肌で感じた現在の町を題材に、商業や観光の面からアイデアを提案。住民達とのディスカッションを行った。

情報を知る前に、自ら歩いて発見する

「小名浜ミライカイギ」はアメリカ・コロンビア大学建築学科のサテライトラボ「Studio X 」の東京ディレクターである建築家の廣瀬大祐氏が中心となって開催されており、今回で3回を数える。2014年に開催された第1回は、コロンビア大学の学生を小名浜に招き、予備知識を与えずに街歩きをして実際に肌で感じた感想を地元住民へ発表、ディスカッションを行った。参加した住民からは、地元にはない視点を多く得ることができたと好評だった。

今回の会議には建築を学ぶ東京の学生7名が参加し、参加学生が中心となって行っているシュアハウスプロジェクト「小名浜ハウス」を拠点に、1週間の滞在を通して街の魅力を発掘・発表を行った。
「予備知識をあたえずに、学生自身が町を歩いて何かをつかみ取り発表を行うワークショップは、私自身もコロンビア大学の授業で体験しているポピュラーな手法なんです。今回のような試みを私や学生達が主体としてできたことは、7年前から私の仕事で小名浜に関わるようになって築かれた人の輪と、港町特有のオープンマインドな地元住民の方々の協力があったからだと思います」と廣瀬氏は語る。会場では、今回街歩きの中心となった小名浜・竹町地区の模型を囲みながら、地元住民と学生が近く座り、和やかな雰囲気の中で進められた。

まちの魅力を訪れた若者が発掘できる環境作り

朝方まで作業してまとめ上げたという発表内容は、自分の足で発見したからこそ生まれる具体性が盛り込まれた内容。自治体職員も学生へ、細かい部分に質問をぶつけていた。

朝方まで作業してまとめ上げたという発表内容は、自分の足で発見したからこそ生まれる具体性が盛り込まれた内容。自治体職員も学生へ、細かい部分に質問をぶつけていた。

学生達は3グループに分かれ、それぞれに感じた町の魅力を学生達が学んでいる「建築」のフィルターを通して、商業や観光の観点から発表した。
ドローンによる空撮映像で、昔ながらの2間(約1m)幅の道や所々に残る空き地が生み出す町の心地よい雰囲気を伝えるレポートや、小名浜沿岸に広がる工場地帯の「工場夜景」を観光コンテンツとして磨き上げる提案、また大幅なメンテナンスが必要になる空き家ではなく住宅の「空き部屋」をシュアハウス化するアイデアなど、町を体感したからこそ発想された、具体性の高い発表が続いた。

発表後に行われたディスカッションには、自治体職員や市議会議員、旅館の女将など地元の人々が参加し、学生達の町の現状をくみ取った発表を受けて中身のある意見が交わされた。自宅の空き部屋をシュアハウスとして開放した地元参加者は「小名浜は、東京から若い人が来るような魅力はそれほどない地域だと思っていました。しかし、学生と関わる中で考えが変わりました。私たち地元の人間がサポート役にまわり、彼ら自身が街の良さを発見し、新たな魅力を作り出せる環境を提供してあげればいいのですね」と笑顔で語った。

地域と若者が互いに新しい視点を発見

学生リーダーの藤沼凱士さん(左から二番目)。「リーダー役は初めてで大変だったのですが、今回の経験で小名浜という地域がより身近な存在になりました。また秋に来る予定です」

学生リーダーの藤沼凱士さん(左から二番目)。「リーダー役は初めてで大変だったのですが、今回の経験で小名浜という地域がより身近な存在になりました。また秋に来る予定です」

今回の「小名浜ミライカイギ」に参加した、東京で建築を学ぶ学生の有志団体「DIGITAL STUDIO」のメンバーは、建築を土台にデジタルツールを融合させながら、海外でも空間プロジェクトを行っている行動派だ。講師として学生の教鞭をとる廣瀬氏の設計事務所の仕事に同行する形で、今年から小名浜を頻繁に訪れている学生も多く、彼らが滞在中に気軽に中長期間宿泊できる場所が欲しいと考え始まった「小名浜ハウス」プロジェクトも、地元住民との関わり合いの中で形作られているもののひとつだ。小名浜ハウスを含めた小名浜での生活は、学生達によってSNSで発信され、1週間の滞在中に1000件以上の閲覧数を記録している。

参加した学生の一人、末冨亮さんは「東京にいると、いわき周辺の都市計画は活字や講演会などでしか知ることができませんでした。小名浜で実際に地元の建築家や宮大工さんにお話を聞くと、まちづくりの計画と地元が求めているものの出発点が違う部分もあることに気づきました。自分のような地域を行き来する学生が増えれば、そんな現実と伝聞の差を知る機会も増えると思う。何より地域を知ることで、今後のまちや出会えた人々と長期的に関わりたい気持ちが芽生えた」と語る。

「DIGITAL STUDIO」のメンバーは、一口に建築といってもデザイン、構造、美術、都市計画と多岐の分野に及ぶ。それぞれの技能を込めたプロダクションマッピングが会議のフィナーレを彩る。

「DIGITAL STUDIO」のメンバーは、一口に建築といってもデザイン、構造、美術、都市計画と多岐の分野に及ぶ。それぞれの技能を込めたプロダクションマッピングが会議のフィナーレを彩る。

ディスカッション終了後は、学生が福島入りする前から制作を進めていたプロダクションマッピングの上映が行われた。施設天井に投影される夜空と、点滅するランプシェイドが音楽とシンクロする空間は、地元の鑑賞者を魅了。天井に映し出される夜空に手を振ると、その動きをセンサーが感知して、流れ星が流れる参加型の仕掛けを、地元の子ども達も笑顔で体験していた。
会場アナウンスをする学生、機器を操作する学生、子どもに対応する学生…。イベント中の短時間の中でも、時を追うごとに能動的に動き自分達の言葉で語り出す学生達。それぞれの学生が町の実情に生身で接し、その中で地域側も若者の考えや行動を求めていることを感じたことが"ここで何か残したい"という行動を生んでいる。

廣瀬氏は「地域と行き来する学生が増えれば、結果的に若い人が多くいる町になっていく。それはこれからの町づくりに大きな活力になると思う」と語る。地域と若者が、共に欠かすことのできない共働者になるという震災以前にはなかった流れが、小名浜の町づくり、学生達の建築への携わり方にそれぞれ新しい視点を発見し、ミライを変えていく。

文/江藤純