リピーター率8割。大槌町のオーダーメイド型企業研修

「あなたは消防分団長です」選択の覚悟と重さを知る研修プログラム

国内外からの人材交流・育成事業を行う、一般社団法人おらが大槌夢広場は、2011年11月に、大槌町民によって立ち上げられた。震災直後には行政と協働した生活支援を中心に行い、徐々に10年、20年先を見据えたまちづくり事業へと移行。現在は、産業育成や次世代育成、企業研修・教育旅行の受入れといったツーリズム事業によって、町民の視点での学びと育成の機会づくりに取り組んでいる。

中でも、リピーター率8割という企業向けの研修プログラムが成長を続けている。実際にまちが抱えている課題や状況をベースとしながら、ロールプレイング的に行うワークショップが特徴。参加者は、大槌町民の立場、行政職員の立場などに立って、それぞれの答えを出さなければならない。

例えば、「あなたは消防分団長です。助かる可能性の低い子どもと、まだ助かる見込みのある母親、どちらを救助するか?」という問い。これに対して、なぜ自分はその選択をするかということをチームで話し合い、最後はリーダーとなった人がチームの総意としての重い選択を迫られる。そしてこのワークショップは、町民や高校生、子どもたちが参観するなかで行うという。「中途半端な意見はいらない。参加者は、こんなこと言うとまちの人たちが見ているのにと尻込みするが、怖いからこそよく話し合わなければならない」と、おらが大槌夢広場・代表理事の臼沢和行さんはこちらをまっすぐ正視する。

一般社団法人おらが大槌夢広場・代表理事の臼沢和行さん

一般社団法人おらが大槌夢広場・代表理事の臼沢和行さん

震災により津波や火災でまちのすべてが失われ、「リーダーシップとは何か」「コミュニケーションとは」ということをあらためて考えざるを得なかった体験が、プログラムの根底にあるという。「ひとつ一つの出来事に、町民として決断をしていかなければならない状況では、逃げ道をつくらず、覚悟をして物事を選ばなければならない。答えを導き出していくために求められるのは、相手から『よく聴く』ということ。それは言葉そのものを聴くということではなく、『なぜそう思うか』を、あらゆる立場に立って想像し、考えること」だと、臼沢さんは言う。

2014年度は、36の企業・団体を受入れ、約650人のリーダーシップ研修、新人研修などを行った。参加企業は、日本郵船や旭化成、鹿島道路など、いずれも大手企業ばかりだ。今年度はさらに企業・団体数が増える見込みだと言う。

臼沢さんは自らの企業研修の強みは、オーダーメイド型のプログラムにあるという。「それぞれの企業のカラーを研究して打合せを重ね、毎回違うプログラムをつくります。町内の人を研修にキーパーソンとして呼びますが、例えば年配の幹部研修には高校生を、コンサルタントの新人研修には年配の林業家を呼んだり。相手にあわせ呼ぶ人を変えています」。その時々で参加者の心がどのように動くかということまで計算しながら作り込むというプログラム。その評価は、リピーター率が8割という数字にも、よく表れている。

交流人口のためでなく、町民に「出会い」を見せるためのツーリズム事業

研修では、特別な施設を使用するわけではない。実際にまちへ出かけ、大槌町で起きている問題や町内に暮らしている人たちをプログラムに当て込んでいるだけ。「一般的な観光では成り立たない地方の地域はたくさんあるが、見せ方ひとつ、作り方ひとつで人の流れは変わる。観光地でなくても人を呼ぶことができるという、ひとつのモデルになれたら」と臼沢さんは話す。

企業研修で訪れた社員や教育旅行の学生が、先のようなワークショップで自身の意見を述べたり決断したりするようすを観ることは、地元の高校生たちにもまた大きな刺激になっているという。「例えば、東京から来た学生が、東京では日々景観が変わっていくが、大槌町では14.5メートルの防潮堤が立つだけで地域の人がこんなに驚き、問題になるのか、と率直な感想を言った。それだけ暮らす地域によって考え方が違うということを、子どもたちが学ぶ機会にもなっている」のだそうだ。

「私たちのツーリズム事業は、交流人口の増加のためにやっているのではない」と、臼沢さんは念を押す。「そうではなく、まちの人たちの何かのきっかけになる『出会い』を見せたい。私は、人が諦めている姿を見るのが大嫌い。いろんな考え方があるよ、大丈夫だよって、気付いてもらいたいから、外から来る人とまちの人とをつなげようとしているんだと思う」。

「気付くのは自分」「十人十色」と臼沢さんは何度も言った。何かを教える場としてではなく、自分自身が気付く場としての育成事業。大槌町に暮らす人と町外からくる企業や学校とがともに学び合う研修に、いま、注目が集まっている。

文/井上瑶子