[福島県いわき市]歌や笑いでコミュニティ再生へ、地域密着型のエンターテインメント施設

白い画用紙が、赤や青、黄色とカラフルに彩られていく。大型連休初日の2日、福島県いわき市で7月にオープンするエンターテインメント施設「いわきPIT(Power Into Tohoku!)」の壁画を描くワークショップが開催された。

日比野氏の指示を聞きながら「夢」の切り絵を作成する親子。笑顔が広がる。

日比野氏の指示を聞きながら「夢」の切り絵を作成する親子。笑顔が広がる。

テーマは「夢をつなげよう」。企画を監修したアーティストの日比野克彦さんが見守る中、地元の親子ら約75人が参加し、ちぎり絵で思い思いに「夢」を描いた。それぞれの絵をつなぎ合わせ、縦2.8m、横20mの巨大な絵画に拡大し、施設の外壁に大きく掲げる。

「いわきPIT」(収容人数約200人)は、エンターテインメント企業のぴあが主体となって設立された一般社団法人チームスマイルが、音楽や演劇、笑いを通して東北の「こころの復興」を後押しするために開設するエンターテインメント施設だ。12月には岩手・釜石市(収容人数150~200人)、来年4月には仙台市(同約1500人)でも開業する予定で、プロや著名人によるコンサートや演劇のほか、地元の子どもや若者の創作活動の場としても活用する。将来的には、地元企業や住民による手で自立運営させる青写真を描いている。

東京・仙台・釜石と4拠点体制、収益源の東京は稼働率70~80%と高水準

チームスマイルは、ぴあの社内で生まれたボランティア活動が前身になる。震災発生直後、全国を覆った自粛ムードの影響で娯楽イベントは軒並み中止となり、エンターテインメントの火が消えかけた。「誰かが何かを始めなければ」。社内から、危機感にも似た声が湧き起こりはじめた。その1人で、執行役員(チームスマイル常務理事)の小林覚さんは「支援のかたちは衣・食・住が第一優先だが、歌や芝居、スポーツに触れたい人もいるのではないかというのが出発点だった」と当時を振り返る。その後、チャリティーイベントを開催するなど支援活動に乗り出す中で、「実は音楽や笑いは被災地を癒し、元気にする力がある」(小林さん)ことへの実感を深めていったという。

そうして1年が過ぎ去ったころ、「いつまでもチャリティーでは続けるのは難しい。経済的基盤がないと続けられない」(小林さん)と、活動の継続性を問う声が挙がり始めた。2012年10月、社内有志によるボランティア活動を一般社団法人へと格上げし、東北3県にエンターテインメント施設を建設する構想を打ち上げた。小林さんは、当時のエンターテインメントを巡る被災地の状況について「倒壊・閉鎖してしまった施設も少なくなく、エンターテインメントを楽しめるような状況ではなかった」と話す。ただ、東北の各施設が単独で収益を生み出すことは難しいといい、まずは東京に「資金のポンプ」(小林さん)となる施設をつくり、そこで得られた収益を東北の各施設の建設・運営費に充てることにした。

JRいわき駅から徒歩5分、7月のオープンに向けて建設作業が続く「いわきPIT」が姿を現した。

JRいわき駅から徒歩5分、7月のオープンに向けて建設作業が続く「いわきPIT」が姿を現した。

そして昨年10月、東北地区に先駆けて東京都江東区に「豊洲PIT」を完成させた。ただ、その道のりは決して平坦ではなかった。建設費用を賄うため、官公庁や自治体、企業に協賛・寄付を募ったが、建物や道路の修復などと比べると予算の優先順位は低くみられがちで、官公庁や自治体からは門前払いを食らったという。一方、企業側とも大手を中心に100社を超える商談を重ねたというが、多くは既に独自の支援活動に動いていたことなどから反応は鈍かった。それでも、最終的に10億円を超える寄付・協賛金が集まり、ようやく建設の目途が立ったという経緯がある。

その「豊洲PIT」は今、安定した収益を上げている。収容人数は約3100人(スタンディング)とライブ施設としては国内最大級の規模であることに加え、国立競技場や青山劇場など都内で大型施設の閉鎖が相次いでいることもあり、稼働率は70~80%と同規模の施設の平均値とされる60%を大きく上回っている。

地域住民に無料開放、「いわき発」のコンテンツを全国、そして海外へ

80枚の絵をつなぎ合わせ、拡大して巨大な壁画にする。まさに「夢が膨らんでいくようなイメージ」(日比野氏)だ。

80枚の絵をつなぎ合わせ、拡大して巨大な壁画にする。まさに「夢が膨らんでいくようなイメージ」(日比野氏)だ。

次の焦点は、東北の各PITの開業とその後の運営だ。小林さんも「ここまでくるのは大変だったが、実際に東北でどう利用してもらうのかが最大の関心事だ」と力を込める。

その先頭を切る「いわきPIT」は、活動の柱に「いわき発」というテーマを掲げている。子どもや若者らの創作活動の場として、「公演などのない平日は一部無料」(小林さん)で地域に広く開放する計画で、若い世代の夢や目標の実現をサポートするとともに、その過程で生まれた「新しいモノやサービス」(小林さん)を東京や日本全国、また海外に向けて発信することを目指すという。このほかにも、豊洲や仙台PITのイベントを中継するライブビューイングや、子どもの心身ケアに取り組むトレーナーの養成講座など様々な企画を予定している。

運営面でも、「地元密着」を鮮明に打ち出している。スタッフは全員が県出身者で、トップの支配人にはいわき市出身で米国日本通運の元副社長・箱﨑友清さんが就任した。ぴあの矢内廣社長(チームスマイル代表理事)と同市の高校の同級生だった縁もあり、定年退職後に舞い込んだ数々のオファーを蹴って地元の再生に一肌脱ごうと決めた。「いわきPIT」は、将来的には地元企業の協賛を募るなどして地元の手による自立型運営を目指すという。

「特にいわき市は(原発事故で)避難してきた人と地元住民の間に摩擦が生じているとも聞く。行政の枠組みでそうした壁を取り払うのは難しいが、PITがみんなで1つのものを作り上げる共同作業のきっかけになれば、大きな意味をもつのではないか。PITがまちの活性化に使われることが目標だ」(小林さん)。

ワークショップ終了後に記念撮影。参加者の生き生きとした表情は、町の希望そのものだ。

ワークショップ終了後に記念撮影。参加者の生き生きとした表情は、町の希望そのものだ。

その意味でも、壁画を描く今回のワークショップは、地域一体型の運営を目指す第一歩となりそうだ。参加者は予定していた50人を大きく上回るなど、地域住民の期待は小さくない。チームスマイルの制作委員でもある日比野さんは「社会は政治や経済が中心になりがちだが、もともとはアートのある場所に人が集まり、コミュニティが生まれた。コミュニティの根源はアートにある」と話し、東北の各PITがコミュニティの活性化につながることを期待する。

一方、支配人の箱﨑さんはワークショップを終え「みんな楽しそうだった。喜んでもらえてよかった」と笑みを浮かべ、「今回のような企画を住民の意見を聞きながら1つ1つ広げていきたい」と地域住民と寄り添う姿勢を見せると、スタッフとして働く楢葉町出身の根本政嗣さんも「住民と同じ目線に立って課題を吸い上げ、一緒に解決のアイデアをかたちにしていきたい」と地域の活性化を夢見る。音楽やアート、スポーツ、笑いは、政治や宗教、人種などあらゆる立場や境界を飛び越え、1つにつなぎ合わせる力をもつ。そんなエンターテイメントを通じたコミュニティの活性化やまちづくりへの挑戦が、いわき市で動き出そうとしている。