東北のいまvol.28 岩手県野田村「だらすこ工房」。被災した大人たちが遊ぶ場

vol28

 その“大人の遊び場” を訪れたのは2014年の年末。

 山の中腹にある木造の小屋の中で、ストーブに薪(まき)がくべられ、鉄製の鍋が湯だった音をたてながら蒸気を吐く。天井から裸電球が無造作に吊り下がり、木くずが舞うその室内では、男たちが電動の糸鋸で木を形作り、研磨機で表面を整えている。機械を扱うその“遊び” の最中は、真剣な眼差しで手先を凝視する。そして、それが一転、一息ついた時の表情は柔らかく、目元は優しげになる。別小屋の事務所兼休憩室では、干したドンコをあぶり、時にはちょっとした酒盛りになることもある。さながら大人たちの秘密基地だ。木造の味わいある山小屋のような作業場も自分たちで作った。「自分たちで?」と聞くと「大工の棟梁もいたもんだからね」と発案者の大澤継彌(おおさわつぐや)さんは笑う。

 大人が熱中するのに、ずいぶんふさわしい場所だ。「仮設住宅の集会所は女性たちがお茶っこサロンやったりしててね。女性はたくましいよね」。自分たちの居場所も……ということで大澤さんが仮設住宅に入っていた男性たちに声をかけ、この場所に集うようになった。でも、1週間もすれば話す話題もつき、それならばと木工を作り始めた。作ってみると「お店で売ってみようか」と言ってくれた人がいて、売れた……そうか売れるのかと楽しくなってまた一つ作ってみようか、と“遊び” は少しずつ広がっていった。人の入れ替わりはありつつも、今の工房のメンバーは5人。取材したこの日は3人が迎えてくれた。

 ここは岩手県の沿岸北部にある野田村。村の中心から南西に向かって約4.5キロ。曲がりくねった山道を進んでいくと、少し開けたところに木工工房の「だらすこ工房」がある。

 「だらすこ」とはふくろうのこと。「ここらへん特有の言葉かな? 鳴き声から来てるんだって。だらすこ〜だらすこ〜って聞こえたんだね、昔の人は」と大澤さんは語る。とはいえ、もともと大澤さんのおじさんとおばさんが住んでいたこの場所に通い始めてから約30年になるが、当のだらすこを見たことはないらしい。「大きな幹が必要だから、もっともっと山奥にいるんでしょうね」。代わりに来客は、事務所の玄関にある木で作られた「だらすこ」の看板に案内される。

 工房を始めて1年ほど経った頃、太陽光発電を広めている団体から人づてに連絡があった。施設を組み立てる場所をかしてほしいという話かと思い、承諾した。が、よくよく聞いてみると、施設を建て、運用も全てやってくれ、ということだった。畑村茂さんや赤坂正一さんたちメンバーに相談すると、やってみようとなった。もちろん、全員にとって初めての体験。2012年の年末に基礎を作り、春になってから上のソーラー部分を取り付けた。「仲間で木を伐採して基礎を作りました。私も大工だからある程度は水平器がなくても見れる」と畑村さん。その資金は市民ファンドで全国の人の出資資金などでまかなわれた。これをきっかけにソーラーを見に出資者がやってきたり、マスメディアが取材に来たりもした。

 活動を通して色々な輪が広がってきて、この日は年末の仕事納めに向けて、依頼されていたコースターとパズルを赤坂さんは黙々と研磨し仕上げていた。赤坂さんももともと大工で、手を動かしてモノを作るのが好きなのだという。

 震災から2年が過ぎた頃から、モノ自体の売れ行きは下がってきているという。とはいえ、「もともと好きな時に来て、遊ぶ」というコンセプトだったということで気にはしていないらしい。むしろ、広がった輪をどう楽しむかが大切。若い人がNPOを始めると聞けば事務所を間借りさせてあげるといい、地元の中学の木工体験などの課外授業を受け入れ、遠方からの大学生がわざわざ訪れにもやってくる。地域間の交流、若い世代との交流を楽しんでいる。

 だらすこのメンバーが子供の頃は、小刀ひとつで何かを削って遊び道具を作り、一日中遊んでいた。たとえば、水鉄砲ならぬ、杉鉄砲。基本的な構造は水鉄砲と一緒だが、杉の実を飛ばせるように、穴の大きさだったりを調整。これがなかなか難しく、上手くいかないと、ガキ大将がやり方を教えてくれたんだとか。

 「今は今の遊びがある。でも、遊び道具を自分で作ったりするような遊び方もあるんだよってことを若い人に伝えられたらと思っている」と大澤さん。若い世代と交流しながら、こんな大人でもできるんだから、自分たちならもっとできるんだよと教えてあげたいと思っている。 「太陽光発電にしても、こんな大人だってできてるんだよ、って思って欲しいねぇ」 と畑村さん。

 言葉にすることでつながるものもあれば、一つの目標を共にしてモノを作ってつながれることもある……だらすこの 「遊び場」 という言葉にはそんなメッセージが込められているかもしれない。

写真・文=岐部淳一郎